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12月29日 iPS文化(分化ではない)(11月号 Molecular Brain 掲載論文)

2019年12月29日
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このコーナーはあくまでも論文紹介で、私の考えをただ表明するのは控えている。従って、何か急に伝えたいことが出ると、無理にこれまで読んだ論文の中からその話題に近い論文を引き出して紹介することになる。今日紹介する上海交通大学からの論文は先月目にしたが、なんでも適当にやって論文にするというスタイルなので、取り上げなかった。タイトルは「Dysregulation of neuron differentiation in an autistic savant with exceptional memory (類まれな記憶力を持つASD的サバンの子供に見られる神経分化異常)」だ。

複雑な精神や知能に関わる神経ネットワーク状態について、iPSから神経細胞が作れたとしても、試験管内で再構成することは当分できないと思う。しかし、必ず細胞レベルで何らかの異常があるはずだと、患者さんからiPS作成して調べることは、以前「自閉症の科学23」で紹介したように(chttps://aasj.jp/news/autism-science/11091)、重要な研究分野だと思っている。

この上海交通大学からの研究は、その意味では別に問題はない。例えば見た景色を詳細に至るまで頭に焼き付けることができるサバンの子供は、ASDの中に分類されるが、特異な能力を持っている。したがって、ASDとサバンの遺伝的、細胞学的違いを調べることは重要だ。そこでこの研究では、一人のサバンの子供の尿から細胞を取り出し、iPSを作成している。尿からと聞いて驚く人もいると思うが、これ自体は新規性はない。

結果だが、サバンのiPSから誘導された神経細胞は、ASDでは一般的に発現が低下しているPax6,TBR1,Foxp2(これらは学習や知能に関わる遺伝子として知られている)が、逆に上昇していることを発見している。また神経細胞学的には、細胞体が大きく、スパインの数は低下、しかしスパイン自体はよく発達している。この結果生理学的には、自然興奮が高まっているという結果だ。

一見面白い結果なのだが、結局同じ条件で作成したASDやサバンのコントロールが全くなく、結局アドバルーンを上げただけで、紹介するには値しないと考えて、そのままにしていた。

この話をまたわざわざ持ち出したのは、先日、森美術館で開催されている展覧会、「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命――人は明日どう生きるのか」の展示の中に、なんとiPSを用いたメディアアートを発見したからだ。(図)

中央にiPS由来神経細胞培養器を設置したメディアアート cellF: 説明は以下のパネル参照。
cellFについて説明したパネル


この展覧会にはもちろんゲノムや再生といった、メディアアートの格好の題材が目白押しだ。科学者としての個人的印象を述べると、科学が積み重ねてきた結果を、科学者の論理的アプローチを無視して、芸術家の自由な思い込み(あるいは自由な解釈)に基づいて提示し直し、未来を予想するという作品だ。すなわち、生命という制限にとらわれずに、生命を考えている。

そしてその中にiPS由来の脳のミニ組織を、外界と電極でつないで、音楽と直接連結し、音楽に対応して興奮し、音楽を一緒に演奏するcellFという作品を発見した(図)。この作品の内容は作品説明のパネルを見て欲しいが、専門家から見れば、脳の表象について全くわかっていないの一言で終わるだろう。

しかし全くあり得ない非現実を、現実にするメディアアートに私は共感する。そしてiPSまで文化にしてしまうこの遊びが、昨今のiPSを巡る我が国の議論に欠けていることだと実感した。


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