炎症が私たちの体に様々な悪い影響を持つことは広く認識され、肥満でさえ脂肪細胞を核とする炎症として考えられるようになり、今や誰もが炎症を悪の元凶にしてしまう傾向がある。しかし、炎症のおかげで私たちは外界からの様々な侵入に対し、防御線を引くことが可能になっている。従って、探していけばさらに様々な炎症の効用が見えてくる可能性もあり、炎症の良い側面を調べることも重要だ。
今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、炎症によって自閉症スペクトラムの症状を改善することができる可能性を示唆した論文で12月18日号のNatureにオンライン掲載された。タイトルは「IL-17a promotes sociability in mouse models of neurodevelopmental disorders (IL-17aは神経発達障害モデルマウスの社会性を高める)」だ。
もともとこのグループは妊娠中の炎症により、胎児の脳発生、特に社会性に関わる体性感覚野異顆粒層(SIDZ)の興奮が高まり、その結果社会行動異常が発生することを示してきた。この研究でも、様々な遺伝的自閉症マウスモデルをそのまま用いるのではなく、妊娠中に炎症を誘導して社会性をさらに低下させたマウスモデルを用いている。その上で、「一過性ではあるが、発熱によって自閉症スペクトラム(ASD)の子供の症状、特に社会性が向上する」とする臨床的な観察をマウスモデルでも再現し、そのメカニズムを明らかにしようとしたのがこの研究だ。
遺伝子変異による発達異常を基盤とする自閉症モデルマウスの社会性は、妊娠中の炎症により強く抑制される。ところが、このようなマウスにLPSを投与して発熱を誘導すると、驚くことに社会行動異常が改善することがわかった。これは変異している遺伝子の種類に関わらず観察されることから、発熱でASDの社会行動が改善するという臨床的観察が再現されたことになる。
しかし、ただ発熱だけを誘導しても、この効果は見られないことから、実際には発熱を伴う炎症がこの効果の本態であることを確認している。次にこの生理学的背景を調べると、予想通りSIDZ領域の過興奮が、炎症により低下していることがわかった。また、同じ効果は光遺伝学的に、SIDZの興奮を抑えることで見られることから、炎症により分泌されるサイトカインにより、SIDZ神経の興奮性が抑制されることがこの現象の原因であることが予想される。
そこで様々な炎症性サイトカインの効果を調べ、最終的になんと炎症性サイトカインIL-17aがこの効果の本態であることを突き止める。IL-17aが神経細胞に本当に効果があるのか不思議だが、実際妊娠中の炎症によりSIDZにIL-17aが発現してくること、またIL-17aの効果を抑制する抗体を脳内投与することで、LPS投与で誘導される社会性の低下を回復させられることも示している。
結果は以上で、発熱が一過性に社会性を回復させるという臨床的観察を実験的に確認するとともに、そのメカニズムの一端を明らかにできたと思う。実際には、妊娠中の炎症によってIL-17aへの感受性が発生し、それを通して今度は炎症が脳の興奮を鎮めるという複雑な話で、そのまま社会性症状の治療につながるかどうかはわからないが、意外かつ面白い研究結果だと思う。
これに関わる論文も集めて、もう少し詳しく一般の人にもわかりやすい形で「自閉症の科学」で紹介したいと考えている。