2020年5月13日
新型コロナのインパクトから解放される切り札として、ワクチン開発に世界中の企業や研究機関がしのぎを削っている。しかし今回ばかりは、競争だけでなく、世界的な協調が必要だと思う。もちろん一度の注射で間違いなく免疫ができるプロトコルができれば万々歳だが、多くの免疫学者は懐疑的だろう。では冷ややかに、「ワクチンに過度の期待を寄せない様に」などと他人事では済ませられないのが今回のコロナだ。この場合、一つのタイプワクチンより、いくつかのワクチンを組み合わせたほうがいい場合がいくらでも考えられる。そのためには、調べる項目を共通化し、データを開示して、必要なら異なる形態のワクチンを組み合わせて、次の流行に備えることが重要になる。
今日紹介するスタンフォード大学、エモリー大学、ミネソタ大学が共同で発表した論文はそんな協調の例ではないかと思う。タイトルは「T cell-inducing vaccine durably prevents mucosal SHIV infection even with lower neutralizing antibody titers (T細胞誘導性のワクチンは抗体価が低い場合もSHIVの粘膜感染を防ぐ)」だ。
インフルエンザにしても、デングにしても、麻疹や黄熱病の様に一度で一生免疫ができるワクチンは完成していない。これは、免疫した抗原に対する記憶が維持できていないからだ。今、コロナでも、感染者で抗体が低下することが問題にされているが、いつまでも抗体が維持されるほうが問題で、いつかは低下する。しかし、抗原に反応できる記憶細胞が体に潜んで、次の反応で迅速に活性化できることが重要になる。
この研究はワクチン開発が全く成功していないエイズのモデルとして、猿のエイズウイルスに対するワクチン開発を目指している。おそらく、この研究に集まった各グループは、異なる様式のワクチンを独自に研究していたのだと思う。ただ、単独では最終的に長期効果のあるワクチンが得られなかったのだろう。そこで、ウイルスのエンベロップが3量体になったタンパク質と強力なアジュバントで抗体を誘導することがわかっているワクチン(以後SOSIPと呼ぶ:この様式も極めてハイテクでナノ粒子まで用いている)に、同じgag遺伝子を組み込んだ3種類の異なるベクター(3種類混合と呼ぶ:VSVウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、そしてアデノウイルスベクター)を全て合わせることで高い免疫誘導が可能か調べている。まさに、協調の賜物と言える論文だ。
さらに驚くのはワクチン投与法で、一年以上にわたって4回投与を行い、その間に3回、3種類混合ワクチンを静脈注射している。
多数の猿を用いて、詳しくデータが取られており、データの詳細は全て割愛する。結果だが、中和抗体誘導という面では、SOSIPで十分で、319倍以上の抗体価があれば、膣からの感染を防ぐことができる。しかし、抗体価が319倍より低下すると、SOSIPワクチンだけでは不十分で、三種混合を静脈注射したグループのほうが感染を防げる。
最後に抗体価が低下した一年半後の抵抗性を調べているが、SOSIPと三種混合を併用したケースは高い感染抑制効果があった。ただこれだけしても長期効果実験では、7割しか感染防御が達成できていないことも指摘しておきたい。
結果は以上だが、いくつかのワクチンを、しかも繰り返し免疫することで、これまで難しかったエイズに対するワクチンもできるかもしれないという結果で、協調の重要性を示している。
ワクチンの場合、達成したいゴールは長期間維持できる記憶細胞とはっきりしている。新型コロナの場合、すぐに来る第二波に対しては、ともかく高い中和抗体を誘導するワクチンで対応するしかないだろう。しかし、その間にも長期間続く記憶細胞を誘導する組み合わせやプロトコルを追求することは重要だ。その意味でも、動物実験はできれば同じプラットフォームで行い、ボランティアでの免疫実験で調べる項目を共通化しておくことで、ぜひ将来の協調を見据えた開発を望む。
2020年5月12日
肥満は様々な代謝病だけでなく、多くの病気に直接間接に関わることが知られている。例えばようやく収束の兆しが見えてきたCovid-19でも、感染率、重症化率ともに、肥満の人が多い。ただ、この原因についてはわかっていない。一方、乳ガンも肥満により促進されることがわかっているが、閉経後の女性で肥満によりエストロジェンが上昇することが知られており、これが最も重要なメカニズムだと考えられている。
同じように代謝に最も関わるすい臓ガンについても肥満がリスクファクターであることが知られており、インシュリンやインシュリン様増殖因子などがすい臓ガンの増殖を助けることが示唆されてきた。今日紹介するMITからの論文はこれまで想定されてきた増殖因子とは異なる分子が肥満とすい臓ガンを結びつけることを明らかにした、ちょっと考えると恐ろしい研究で5月14日号のCellに掲載された。タイトルは「内分泌―外分泌シグナルが肥満と相関するすい臓ガン発生を促進する」」だ。
この研究ではレプチンが欠損したob/obマウスを用いているので、一般的肥満との関係があると決めていいのかどうかはわからないが、自然膵臓ガン発生マウスとかけ合わせると、驚くことにガンの進行が1.5倍ぐらい早くなる。逆に、レプチン遺伝子をアデノウイルスベクターを用いて発現させると、すい臓ガンの発生が半分ほどになる。
この差について、様々な可能性を検討した結果、これまで示唆されていた様な炎症、インシュリン、IGFなどの直接関与は認められず、最終的にsingle cell transcriptome解析の結果、普通は膵臓では発現していない腸内ホルモンの一つコレシストキニン(Cck)が膵島で発現することを発見する。
あとはβ細胞にCckを発現するマウスを作成し、今度は肥満とは関係なく、膵臓ガン発生が促進されることを示している。
なぜ肥満によりCckの発現が上昇するのかについては、肥満によるマクロファージが分泌するPDGFがCckを誘導する可能性などを示唆しているが、明確にはなっていないといえる。しかし、人間の膵島でも肥満の人ほどCckの発現が高いことを示しており、もともとCckは膵液分泌誘導にも関わっていることから、慢性的にCckが分泌され続けることによりすい臓ガンリスクが高まることは納得できる。
結果は以上で、Cckだったという点で少し拍子抜けだが、しかし肥満が万病の元であることはわかった。ただこれがわかっても、なかなか肥満からは抜け出せない。
2020年5月11日
現在新型コロナに対して唯一有効性がはっきりしているのは、免疫反応で、このおかげでほとんどの人が風邪程度で終わる。すなわち、新型コロナに対してうまく免疫ができた人は感染しても助かる。このことを一般に伝えるために、最近専門家もやたらと「免疫力」を高めるという言葉を簡単に使っているのが気になる。もちろん専門家は免疫状態がいかに複雑で、その人為的操作がどれだけ難しいかわかっているのだが、それらを全てスキップして、例えば抵抗力を高めるというところをより具体的に免疫力などといってしまう。この誤解の先に、ありとあらゆる思いつきの治療が許されることを肝に命じる必要がある。ようやく、ウイルスに対する免疫反応と、サイトカインストームが理解され始めたいまこそ、免疫操作の難しさをしっかり理解してもらうチャンスだと思う。
今日紹介するベルギーのゲント大学からの論文はウイルス性肺炎に対する初期免疫過程に関わる樹状細胞(DC)についての研究で、小児で1%ぐらいが重症化するRSウイルスを用いているが、新型コロナの理解にも役立つと思い紹介する。タイトルは「Inflammatory Type 2 cDCs Acquire Features of cDC1s and Macrophages to Orchestrate Immunity to Respiratory Virus Infection (RSウイルスに対する免疫反応を炎症によりDC1の性質を獲得したDC2が調節する)」だ。
この研究はRSVを感染させた時、ウイルスの抗原提示に関わる樹状細胞(DC)がどのように変化するのかを調べている。データが膨大なので、わかりやすいようにまとめてしまうと次のようになる。
感染前には存在しない新しいタイプのDCが感染によって現れる。 もちろん感染によりマクロファージや白血球が血管を通して感染部位に集合するが、新しいタイプのDC(新DC)はDC2細胞から局所で新たに誘導される。 新DCはDC2由来だが、DC1の性質も併せ持つ、一種のスーパーDCで、Fc受容体の発現が高く、抗原を細胞内に取り込む。また、ウイルス感染から回復したマウスの血清は抗原の取り込みを促進する。 MCH抗原の発現が高く、局所リンパ節に移動する性質を持ち、CD8,CD4両方のT細胞免疫を強力に誘導できる。 新DCは炎症で誘導される1型インターフェロン、インターフェロン受容体1/2、JAK1、 STAT1,、IRF8とシグナルが伝達されることにより誘導される。
以上が結果で、炎症により免疫誘導システムが完全にプログラムされ直して、免疫反応を速やかに誘導する体制ができていることがよくわかる。
さて、この結果をコロナに当てはめて考えてみるといくつか面白い点が見えてくる。まず、この新DCの誘導が人間でも正しいとすると、1型インターフェロン依存的であることから、STAT1の核内移行を阻害するコロナでは、肺でのウイルス量が上昇し始めると、この経路が抑制される可能性がある。とすると、免疫誘導可能な時間がかなり制限され、T細胞免疫はできにくい可能性がある。この結果、感染細胞を叩く活性が下がり、重症化に至る可能性がある。もしそうなら、初期に1型インターフェロンを肺局所に補充することは効果があるかもしれない。
一方、この細胞はウイルス受容体とは別にウイルスを細胞に取り込む活性がある。ただ、リンパ節へと移動することから、抗体依存性増強の原因細胞ではないように思う。とすると、局所に集まった好中球のFcを介するウイルス感染はぜひ調べる必要がある。
免疫反応はこれほど複雑だ。とすると、ワクチン開発や、抗体治療開発には、日本の優秀な免疫学者全員の知恵が集まることが重要だ。ワクチンという実験的感染により誘導される免疫反応を詳細に解析する時、優れた免疫学者がワクチンプロジェクトに参加することは必須だ。single cell transcriptomeなどそのための方法論はすでに数多く開発されている。また実験でなくても、知識で参加することも重要だ。免疫操作法の開発は常に、急がば回れが鉄則だ。免疫力などと一言で片付けたら、後で大きなしっぺ返しが来ることを覚悟すべきだ。
2020年5月10日
昨日に続いて、意外な相分離研究の新しい方向性を指し示す研究を紹介する。
トリプレットリピート病はタンパク質をコードする遺伝子の特定のトリプレットの数が増大する結果起こる病気で、よく知られているのはハンチントン病や脊髄小脳変性症のような神経疾患だが、ポリアァニン病の中には多指症のような発生異常の原因になるものもある。
なぜリピートが問題なのかに関しては、ポリグルタミンのようにリピートが長いとタンパク質が沈殿して発生する細胞毒性を中心に考えられてきた。ところが、今日紹介するベルリンにあるマックスプランク分子遺伝学研究所からの論文は、アラニンリピートは正常タンパク質との相分離の性質の違いの結果多指症の原因になっていることを確かめた面白い研究で5月28日号Cellに掲載予定だ。タイトルは「Unblending of Transcriptional Condensates in Human Repeat Expansion Disease (人のトリプレットリピートの増大は転写因子濃縮機能単位への混合を阻害する)」だ。
この研究ではホメオボックスタンパク質の一つHoxd13のアラニンリピートが中程度に増加すると、この分子が関わる指の発生異常=多指症がおこる原因の特定が目的だ。このアラニンリピートの場合、リピート数は多くても14程度で、ポリグルタミンと異なり沈殿が起こるとは考えられない。
相分離にはタンパク質同士の相互作用を起こすIDRと呼ばれる部位の存在が必要だが、アラニンリピートが存在するN末領域がHoxd13のIDRになることが示唆されるので、昨日の論文でも使われた定番、IDRを蛍光物質に結合させ、さらに光で活性化されるCRY2分子を結合させることで、光をあてると相分離が誘導される系を用いて、Hoxd13IDRの相分離活性を調べるている。と、期待通り、Hoxd13は相分離を起こすが、リピートが増えるにしたがって、相分離能力が高まる。
相分離が高まる=発生異常なので、相分離により本来の転写機能が阻害されると考え、同じように相分離により多くの転写分子を集合させることが知られているMediatorタンパク質との結合が相分離でどう変化するか調べると、リピートが多いほどMediatorタンパク質の相分離体から排除されてしまうことがわかった。すなわち、Hoxd13だけが相分離してしまって、転写活性に必要なMediatorと合体できなくなることを明らかにする。
実際そんなことが発生途上で起こっているのか、手指形成途上で細胞核を観察すると、リピートの多いHox13dはMedicatorの相分離した小滴から分離している。この結果、指の発生に関わる様々な細胞の転写が変化することをしめし、Hoxd13の機能が阻害され、多指症が起こると結論している。
驚くことに、他のホメオボックスや、RUNX, TBPなど他の転写因子でも同じことが起こることも示されており、リピート病の全く新しい方向性を示す画期的研究だと思う。しかし、身体中で相分離が起こっていることを知ると、これを調節する生命の情報と進化のアルゴリズムの偉大さに圧倒される。
2020年5月9日
今週NatureとCellにちょっと変わった相分離についての論文が発表されていたので紹介することにする。
個人的に相分離という現象に興味を抱くのは、物理化学法則が生命の情報とアルゴリズムによりどのように生物に同化されるかという点だ。相分離にしても、あるいは生物に現れるチューリング波にしても、生命が物理法則に従っているという例としてみられることが多い。宇宙の中の存在である以上、私たちが物理法則に支配されないことはない。しかし、生命の情報とアルゴリズムは、物理世界に生命という全く新しい因果性を発生させた。この力で、生物はうまく物理法則を使えるよう情報を書き換えてきた。概日周期は地球の自転をゲノム情報に取り込んだ例だ。相分離研究は同じように、物理化学法則をどう情報に同化していったか理解する格好の材料だ。しかも、完全な生命が生まれる前、情報とアルゴリズムが生まれようとしている太古の化学にも関係していると思う。なぜこんなふうに思うのかについては、ジャーナルクラブにアップしている情報の誕生についての講義を見てほしい(https://www.youtube.com/channel/UC1WeyfqdOM5GYCm7QObRpjQ/featured )。
少し前置きが長くなったが、今日紹介するプリンストン大学からの論文はリボゾームが作られる核小体の形成と機能を支配している相分離を局所平衡熱力学的に解析した論文で5月6日号のNatureに掲載された。タイトルは「Composition-dependent thermodynamics of intracellular phase separation (細胞内での相分離の構成成分依存的熱力学)」だ。
断っておくが、原理はよく理解できるが、熱力学自体の扱いや測定については全く素人で、個人的には気にせず読んでいる。
さて、これまで紹介してきた相分離は、相分離能力を進化の過程で獲得したタンパク質が、一定の濃度に達すると急に互いに反応して、周りの液相から分離するという現象で、流れの中の渦のように新しい分子をリクルートできる安定した構造を作る。
核小体をみたときマトリックスになっているNPMは試験管内で一定の濃度で相分離するが、細胞の中では濃度とともに相分離の閾値も変化する。おそらくこの点については多くの研究者も観察していたと思うが、このグループはこれが核小体という相分離した構造の中に存在する他のタンパク質であるとにらみ、NPM, SURFそしてrRNA(様々な大きさ)の3者が絡み合った時の相分離の熱力学的解析を行っている。
誤解を恐れずザクっと結果をまとめると、濃度だけで決定される相分離と異なり、相分離構造自体がよりダイナミックになり、その結果分子がついたり、離れたりすることが可能になることを示している。特に、まだ完成していない短いrRNAと完成した大きなrRNAを比べると、短い方が相分離に寄与し、完成すると液相からはじき出されることを示している。
すなわち、核小体という相分離構造も、その維持は構成成分に強く依存しており、この熱力学的性質を利用してリボゾームのアッセンブリーと排出が行われていることを見事に示している。
物理化学が生物現象に同化されることで、構造内の動態が絵に描いたように理解できるようになる素晴らしい例だと思う。リボゾームは、おそらく完全な生命体が誕生する前にも、生命の元の元として存在したように思っている。おそらくまだ細胞膜もなかったかもしれない。相分離はおそらくこの時代の生命の萌芽を理解するためにも極めて有用な現象だと思う。
2020年5月8日
世の中は新型コロナウイルスの憂鬱なニュースであふれているが、一つだけ溜飲が下がるニュースが「ワクチンに再選の望みをかけるトランプ」だ(https://mainichi.jp/articles/20200227/k00/00m/030/224000c )。というのも、トランプは、はしかワクチンが自閉症を誘導するとする世紀の大捏造論文の主導者ウェークフィールドをいただく反ワクチン運動の支持を受け、ウェークフィールド自身と選挙前に会っているほどの反ワクチン論者で(https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/20161210-00065338/ )、コロナ騒ぎの前にはCDCやNIHの感染症予算削減の号令をかけていた(https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/20161204-00065124/ )。そのトランプが、今やワクチン開発の成否に自らの再選をかけざるを得ない。これは痛快という以外表現のしようが無い。
もちろんトランプだけでなく、コロナの完全終息を諦め、第2波、3波に身構える各国政府は、新型コロナワクチンを、我々を感染の恐怖から解放し、人と人とが距離を保つことが強いられる異常な状況を解消する切り札として大きな期待を寄せている。そしてこれが実現した暁には、イエローカードならぬ、Covid-19ワクチン証明書が出され、海外への渡航にこれが要求されるかもしれないと議論が進行中だ(The Lancetのコメンタリー参照)。
では、新型コロナウイルスに対するワクチンは可能か?
答えは単純明快、「新型コロナワクチンは可能に決まっている」だ。というのも、以前紹介した様に回復患者さんの多くが試験管内でウイルス感染を中和し、また重症の肺炎の患者さんを回復させる力がある抗体を持っていることが報告されている(https://aasj.jp/news/watch/12765 )。すなわち、ウイルス増殖を止める抗体を人間は作ることが出来ることが証明されている。当然ワクチンでも同じような免疫を誘導することは可能なはずだ。実際、covid-19とvaccine developmentでPubMedをサーチすると、驚くなかれ328編の論文(87編のreviewを含む)が発表されており、心強い限りだ。
感染防御能力を持った抗体が多くの人で誘導できているなら、つまるところ問題は、感染防御に有効な免疫システムを、必要な時に、できれば長期間誘導するための方法の開発と、安全性の問題に尽きる。この目標に向けて現在では、抗原タンパク質+アジュバント、RNAワクチン、DNAワクチン、ベクターによる遺伝子導入、不活化ウイルス、生ワクチンなど、多くのプラットフォームを用いたワクチン開発が進んでいる。現状については多くの総説が発表されているのでわざわざ紹介する気はない(例えばImmunityに発表された総説を示しておく)。
長期間続く免疫獲得は難しくとも、インフルエンザのように必要な時に抗体価を高めることが出来れば、それで十分だ。次のパンデミックに有効なワクチンが開発され、私たちの手に入る可能性は十分ある。
では手放しで安心できるのか?確実に抗体価を上昇させるワクチンができたとして、個人的に懸念することを2点あげておく。
最初の懸念は、ワクチンの治験の進め方だ。今各国は感染を鎮めようと経済を犠牲にして対策を打ってきた。すなわち、感染者数は減少に転じてきた。このため、ほとんどのワクチンは、第1相や、健常人の抗体誘導ぐらいまでは到達できても、次の流行時までに本当の効果が確かめられていない可能性が高い。結局、次の流行がきて初めて治験が可能になる。もちろん効果が検証されていなかったとしても、一般の人はワクチンを求めて殺到する。この時まで、何十種類ものワクチン候補が残っていたとすると、どれを選ぶかおそらく混乱は避けられないと思う。
この問題を解決するためには、あらかじめ人間で感染実験を行い、ワクチンの効果を確かめる必要がある。ただ、現在までに得られた知識だけで、絶対重症化しないと予想できない以上、これは許されない実験だ。とすると、弱毒化されてはいるが、身体の中で増殖できるような、例えば黄熱病ワクチンのような弱毒ウイルスを用いた感染実験が必要になる。そう考えると、結局ワクチンにも使える弱毒化ウイルスを手にした研究者が、一番成功に近いところにいるのかもしれない。
もう一つの懸念は、ADE(抗体依存性増強)と呼ばれる現象だ。抗体と結合したウイルスが、抗体の一部Fc部分と結合する受容体を介して、本来感染できない白血球に侵入し、感染白血球を通して予想外の場所に感染が広がる現象を指す。この現象が起こると、どれほどウイルスの標的細胞への感染が防げたとしても、抗体自体がFc受容体を持つ白血球への感染を誘導し、感染が全身に広がることになる(例えば以下の総説参照)。
以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/12972 )、新型コロナウイルスによる感染症の重症化に白血球の特別な細胞死、Neutorophil Extracellular trapsによる血栓症が強く関わっているとすると、本来コロナウイルスに感染しない白血球に、わざわざ感染のチャンスを与えるADEの可能性は慎重に考えておく必要がある。
考えてみるとADEの関与は、現在も新型コロナウイルスの重症化のきっかけになっている可能性すらある。例えば、私たちは様々な旧型コロナウイルスに感染しており、それに対する抗体の中に、新型コロナウイルスと交叉反応する抗体があると、白血球への感染が起こって様々な場所で血栓症の引き金を引く可能性は否定できない。また感染後、せっかく抗体が誘導されたのに、それがADEの引き金になる可能性すらある。その意味で重症化をADEが決めている可能性はまだ否定できず、重症化例の免疫動態を、経過に沿って詳しく解析することは、重症化の原因を理解し、ワクチンの効果や副作用を予想するためには重要だ。
この意味で注目すべきは、最近重慶医科大学からNature Medicineに発表された、感染者の抗体反応についての論文だ。この研究ではエンベロップ外のスパイクタンパクと、内部の核タンパク質を抗原として抗体を検出している。この方法では、早い時期からほとんどの患者さんで抗体反応が誘導されるのだが、不思議なことにIgMもIgGもほぼ同じ時間経過で誘導されてくる。IgG反応が早い人すら存在する。そして最も驚いたのは、重症化した人ほど初期のIgG反応が高い点だ。IgMではこのような差は見られない。
症例数を重ね、症状が全くでなかった人も含めた詳しい検討が必要だが、この結果が一般化できるなら、新型コロナウイルスに対する反応は、ナイーブな免疫系が初めて抗原に出会った結果誘導されるという単純なものではなく、感染以前に出会った他の抗原に対する反応にも影響されている可能性がある。
そして何よりも、抗体価が高いことは単純に喜べることではなく、重症化につながる可能性があることが示された。 これはADEの危険が抗体誘導と隣り合わせである可能性を示唆している。
以上のことを考えると、ワクチンに過度の期待を寄せる前に、まず新型コロナに対する免疫反応を理解する必要がある。幸いワクチン開発時に、様々な抗原を用いて、抗体反応が調べられるだろうが、このような免疫実験の結果は、コントロールされた条件での反応を調べるためには極めて貴重だ。ワクチン開発には莫大な公費が投じられている。ぜひ公費を受けた開発では、抗原刺激実験結果の公開を義務づけるようにしてほしいと思う。今メディアでは、ワクチン競争でどこが先陣を切っているかばかりを話題にするが、ポストコロナこそ、これまでとは全く異なる協調による開発が進むことを期待する。
感染後のIgM vs IgG反応が典型的でない一つの理由は、私たちの免疫システム、特にT細胞システムが、すでに新型コロナウイルスと共通の様々な抗原と出会っている可能性を示唆している。以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/12923 )、新型コロナウイルスと旧型コロナウイルスは、500以上の抗原ペプチドを共有している。この結果、旧型コロナウイルス感染の歴史は、新型コロナの免疫反応に大きな影響を及ぼす可能性がある。日本人で重症者が少ない理由の一つは、日本人のHLAの分布と、旧型コロナに対する免疫記憶の結果かもしれない。
残念ながら、まだ新型コロナ感染過程で見られるT 細胞免疫反応を調べた論文は少ない。最近Immunityにプレプリントが北京清華大学から発表されたが、細胞免疫についてはお粗末な解析に止まっている。しかし2月に紹介したように、インフルエンザに関して言えば、完璧なワクチンはT細胞免疫をしっかり誘導できるワクチンであることが動物実験で示されている(https://aasj.jp/news/watch/12433 )。
最近メディアはT細胞免疫というとすぐにサイトカインストームによる免疫反応の暴走が話題なるが、ウイルスに対するT細胞反応は感染細胞を除去するのに重要で、長期間有効なワクチンには、必ずT細胞免疫を誘導できる方法の確立が必要だ(例えば以下のNature Review Immunology総説)。
そこで提案だが、ワクチンが完成した時点で必ず行われる接種実験では、必ず感染細胞に対するT細胞反応もモニターし、公開し、新しいポストコロナの知の財産にしてほしい。ただ、T細胞免疫は、各個人独特のHLAのタイプに依存しており、個人個人で反応が違うと予想される。すなわち、必ず一つの答えがあるという幻想は捨てる必要があるが、それでも反応のばらつきは、ワクチンの効果の多様性を教えてくれる。
色々述べたが心配しすぎで、これらの懸念が全て杞憂に終わることを願う。ただ、ワクチンだけは蓋を開けてみるまでわからない。政策を預かる人たちは、全ての人に有効で安全なワクチンが実現できない可能性も常に念頭に置いて、ポストコロナの世界を示してほしい。個人的には、早期発見、早期治療に基づく治療法の開発が感染の恐怖から解放された社会の必須条件だと思っている。
ただ、もしユニバーサルなワクチンが難しいとわかっても、ワクチンという概念は重要だ。そこでポストコロナでは全く発想を変えて各個人のHLAなどを考慮したテーラーメイドワクチンを考える機会にするといい。先進国の贅沢と言われそうだが、ポストコロナを考える時、このぐらい思い切った発想の転換が必要に思う。実際、ガン・ワクチンでテーラーメイドの重要性は誰も疑わない。もちろん究極は、開発途上国の人たちにも行き渡るワクチンの開発だが、感染症のワクチンもこれまでとは全く異なる発想から考えるいい機会になる。
2020年5月8日
昨日、ポストコロナを支える治療について書いた記事の中で、パンデミックでは原理の解った薬剤のコンパッショネート使用を行いながらも、科学性を確保するための新しい理論的枠組みが欲しいと述べた。実際、今でも通常の治験プロセスを踏めない対象もある。
そんな例の一つが毒蛇に噛まれた時に使う薬剤ではないだろうか。現在ヘビ毒に対しては抗血清が用意されており、おそらく現地の診療所では用意できているのだろう。ただ抗血清でも、開発段階で無作為化試験を行っているのだろうか。もちろん動物実験は徹底的に行っていると思うが、おそらくヘビに噛まれた人を前にインフォームドコンセントもあるまい。おそらくコンパッショネート仕様の中から現在の状況があるように思う(これは勝手な想像)。
私の経験から言えば、常にヘビ毒の抗血清を携行しているガイドがいるようには思えない。おそらく病院やロッジまで担ぎ込まれて治療になるのだろう。抗体は高価で、熱帯で携行できるといった類いのものではない。とすると、抗体にたどり着くまで噛まれた場所で処置可能な方法の開発が望まれる。映画の定番は、傷口を噛んで血を吸い出すことだが、どの程度効果があるのか、これも検証されているのだろうか。
今日紹介する英国リバプール熱帯研究所からの論文は、抗血清ではないヘビ毒の効果を軽減する薬剤の開発の話で5月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Preclinical validation of a repurposed metal chelator as an early-intervention therapeutic for hemotoxic snakebite (血液毒性を示すヘビ毒に対する初期治療に金属キレート剤を使用する可能性の前臨床検証)だ。
通常ヘビ毒は複数の生理活性物質からできているが、ハブ毒で言えば出血を誘導する金属プロテアーゼ、溶血や細胞のネクローシスを誘導するフォスフォリパーゼ、凝固を抑えるレクチン、補体活性化のセリンプロテアーゼなど、それぞれ特異的酵素活性を持つ。
この研究では、この中の金属プロテアーゼの活性を、必要な金属を除去することで抑制することで、噛まれた時に直ぐに処置して究明する薬剤の開発を目的としている。
対象としてはアフリカ、インドに生息するノコギリヘビ属の金属プロテアーゼだが、ハブにも通用する結果かもしれない。いずれにせよ、酵素活性阻害なのでスクリーニングは簡単だ。この結果、2種類の金属キレーターを選び出しているが、最終的にはすでに水銀中毒などを対象に認可されているDMPSが選び出された。
あとはマウスを使って、ヘビ毒の注射と同時に投与した時の効果、一定時間後の効果、そして緊急処置として行ったあと、抗血清療法を合わせた時の効果など、様々な状況で効果を確かめ、最終的に、ヘビに噛まれたらすぐに経口投与でDMPSを服用、その後1時間ぐらいで抗血清を投与すると、多くのヘビ毒に対して救命できることを示している。
すでにセリンプロテアーゼの薬剤は開発されているが、おそらくDMPSは極めて安価で開発途上国の人にもすぐに提供できるだろう。アフリカやインドの人たちの命が救われる可能性を示した重要な研究だと思うが、次の段階はやはりコンパッショネート使用になると思う。
2020年5月7日
ポストコロナを支える技術第2弾は、治療ついて考えてみる。
わが国で自粛を訴えるための最大の根拠は、感染数でも、PCR陽性数でも、正確に把握された感染の広がりでもない。もともとこれらを正確に測定しようという努力は示されたことがない。専門家委員会から出てくる再感染を示す指標もあるが、結局は、いわゆる医療崩壊が起こっているかという、時間的には最後の結果を指標として市民に自粛を要請することになる。
このような状況が続かないよう、昨日隠居の頭でも考えられるポストコロナの診断や感染状態の把握のための技術の可能性を示しておいたが、この状況が迅速に改善されるという保証はない。これから迎えるポスト・コロナでも、結局感染を恐れよという呼びかけ以外、何も分かりやすい指示が政府から出ない可能性は十分ある。
もしこの状況が続くとすると、医療崩壊しか指標がないわが国のポスト・コロナで最も重要なのは、感染症を重症化させない医療技術を準備することになる。例えば東京などで医療崩壊がなぜ起こるのかを考えると、一定の割合で重症者が発生し、それがICUやベンチレータを占拠することが、崩壊の最大の原因になっているようだ。しかし肺炎に限れば年間10万人近くの人(月に1万人以上の人が重症化していることになる)が亡くなっていると思うが、それでも医療崩壊が問題にならないのは、亡くなるにしてもICUやベンチレーターが最終地点ではないからだろう。要するにARDSへと変化するときの臨床過程にこの差が生まれる原因があると思うが、ポスト・コロナに備えるためにはまずこの点を詳しく分析する必要がある。
こうしてARDSへの経過の特徴が整理できると、これに基づいて感染者にICUやベンチレーターが必要にならないよう自宅療養、入院治療など各ステージでの治療法開発が重要で、もしこれができれば、20万人という患者数になっても、医療崩壊を防ぎ、感染自体を恐れる必要はなくなる。幸い、パンデミックが、世界を顧客にできる大きなビジネスチャンスになるという確信が広がったため、新しい技術開発に火が付いた。
まず確認しておく必要があるのは、レムデシビルでもアビガンでも、今使われている薬剤は新型コロナウイルスに対して開発された訳ではない。ポスト・コロナで一番重要なのは、ウイルスの様々な活性に最もフィットした薬剤の開発を進めることだろう。このための研究プラットフォーム作りは急速に進んでいる。
例えば、分離したウイルスを、いちいち培養細胞を使って維持しなくとも、必要な変異を持ったウイルスをいつでも酵母菌から作成して利用できるようにする技術をスイス・ベルン大学のグループがNatureに発表した。もちろん、研究室から漏れ出ないよう厳密に管理する必要はあるが、ウイルスやその部分を自由自在に改変し、感染させたり、部分的に活性分子を合成したりと、創薬には欠かせないウイルスを用いた研究が加速される。
他にも、コロナウイルスゲノムがコードする全タンパク質と相互作用する人間の分子を網羅的に調べたカタログが、米国のcovid-19研究コンソーシアムから発表された。
こうして出来たマップには、これまで考えもしなかったようなヒト分子が、新型コロナウイルスタンパク質と相互作用する可能性が示され、現在治療に使用されている薬剤を含め、様々な治療薬の可能性が示されている。このような網羅的なプラットフォームがこのスピードで出来上がってくるのは、これまで誰も経験したことはない。
網羅的なプラットフォームだけではない。クライオ電顕法のおかげで創薬標的になると思われる重要なウイルス分子の立体構造は続々明らかになっている。ウイルスの感染に重要なスパイクタンパクの構造解析に始まって、例えば日米の政府が承認を急ぐレムデシビルとウイルスのポリメラーゼタンパクの構造解析が報告された。
恐らくアビガンとの結合も明らかになっているだろう。これらの解析結果は、スクリーニングを飛ばしてさらに高い活性を持つ薬剤の開発につながる。タミフルの時のように、WHOの号令のもと各国政府が備蓄に走り、再び3兆円という金が転がり込むことも夢ではないとすると、抗ウイルス薬開発競争はますます加速すると思う。
重要なのは、副作用の問題はあるが、このようにして生まれる薬剤は原理がわかっていることだ。その意味で、レムデシビルやアビガンを現在コンパッショネート使用することは問題ないと思う。オープンラベルでもいいので、これらのデータは集めて詳しく分析することが重要だ。このデータが、さらに高い活性の薬剤の開発に役立ち、ICUやベンチレーターの必要性を減らすことにつながる。
しかし、一種類の抗ウイルス薬だけでウイルスを撲滅することが難しいのは、単剤でHIV治療を行なっていた頃の経験からわかっており、現在ではメカニズムの異なる多剤併用が当たり前になった。またC型肝炎ウイルス薬ハーボニーは最初から標的の異なる二種類の合剤になっている。したがって、ポストコロナでは早期かつ短期に多剤併用を行い、ARDSの阻止が図られると思う。
多剤併用を考える時、ウイルスの細胞への侵入阻害は重要な戦略だが、このことはエボラウイルス治療からも学ぶことができる。以前紹介したがレムデシビルを含む4種類のエボラウイルス治療薬の比較では、通常の方法で作成された2種類のヒト型モノクローナル抗体が死亡率を下げる効果を発揮した(https://aasj.jp/news/watch/11936 )。
まだモノクローナル抗体を用いた治療薬が利用できる段階ではないが、すでに紹介したように新型コロナウイルス肺炎の重症者に、回復患者さんの血清が高い効果を示すことが明らかになっている(https://aasj.jp/news/watch/12765 )。この時紹介した3編の論文を合わせると20人の重症者のうち19人が退院している。しかも1回の投与で高い効果を示すことを示すようだ。
もちろん早期治療に回復患者さんの血清を用いることは現実的ではない。しかし、回復患者さんからのガンマグロブリンを治療薬とする開発は武田薬品などで行われているし、何よりもすでに新型コロナウイルスの感染を防ぐモノクローナル抗体の報告が始まっている。まずオランダのグループからSARSに対するヒト型mAbが新型コロナ感染を抑えることが報告された。
さらに驚くことには、ラマから調整した一本鎖の中和抗体すら開発されている。
ラマ抗体は何度も注射するとアナフィラキシーの心配はあるが、大腸菌や酵母で大量生産できるので、極めて安価な抗体として利用価値が考えられる。
これは手始めで、今後高い抗体価を示す回復者のB細胞から直接遺伝子を取り出して合成した抗体は1ヶ月以内に報告が続くだろう。製薬会社でも例えばAmgen社は抗体薬開発が進んでいることをアナウンスしている(https://pharmaintelligence.informa.com/ja-jp/resources/product-content/amgen-adaptive-partner-in-covid-19-neutralizing-antibody-research-and-development-effort )。おそらく多くの会社が、モノクローナル抗体の開発にしのぎを削っている。
これから予想される進歩を総合すると、ポストコロナでは症状が出た後、遺伝子検査で確定診断を行い(昨日述べたように感染についてはすぐに診断可能になる)、その時利用できる最も有効な多剤併用(感染阻害のmAも期待している)を短期間行うことで、ICUの必要性を大きく減らせるように思う。ARDSへの進展がかなりの程度阻止できれば、感染自体は医療コストはかかっても、インフルエンザレベルの疾患として扱えるし、感染しても治療可能なら、社会に及ぼす感染の恐怖は大きく軽減されると思う。
とはいえ、今後開発される様々な薬剤の治験をどう進めるかという大きな問題がある。すなわち、次の流行を待って治験が行われるとすると、社会へのストレスは計り知れない。諦めて「ウイルスと共存」などと警告を発する科学者は多いが、私は諦めずに策を講じるべきだと思う。
まず既存薬の転用も含め、開発できた薬剤はできるだけ早く第1相治験を済ませておく。そして、メカニズムの異なる2−3種類の組み合わせセットをいくつか決めて、エボラ治験で行われたように、無作為にそのセットの中から選んで、完全なコントロールのない治験を行なったらどうだろう。また、短期決戦なので、1週間目でウイルス量も含めた検討を行い、効果がなかったグループは、効果があった方に組み入れていけばいい。
これは全てコンパッショネート使用になるが、パンデミックの薬剤効果判定を今まで通りの治験手法で行うかどうか、一度議論してみればと思う。例えば今報告されている治療法のほとんどは、オープンラベルで、医療統計学的に信頼できないという話がすぐ出てくる。私は、この機会にパンデミックに限って、新しい有効判定の可能性を議論してもいいのではと思っている。
以上が、ポストコロナの抗ウイルス薬だが、新型コロナの2、3波はこれで対応できても、全く新しいパンデミックについては、別の対応が必要になる。今回の経験から、ウイルス特定についてはかなり迅速にできることはわかったので、国際協調さえしっかりしておれば、効果のある薬剤候補は比較的早期に決められるかもしれない。
また、インフルエンザのように様々な動物内のウイルスをモニターして新たな感染をAIなどで予測できるようにするのも重要だろう。例えばコロナウイルスについてミャンマーに生息のコウモリを調べると7種類のコロナウイルスが見つかったという報告がある。このようなモニタリングは、国際協調で情報開示のもとで行えば、今回武漢の研究所に向けられたような疑惑も解消するだろう。
何れにせよ、新しいパンデミックに備えるためには、私たちはウイルス感染による体のダメージについて深く理解する必要がある。多くのウイルスは、細胞内で増殖すると、ホストの細胞は死ぬ。神経細胞の場合は代換えが効かないため、そのまま麻痺が残ったりするが、上皮などは再生能力を持つため、新しい細胞に置き換えられる。しかし、ウイルスに対するホストの強い反応が誘導されてしまうと、いわゆるサイトカインストームが起こり、これが重症化の原因になる。
ただ致死的なサイトカインストームを起こすウイルスは、自分自身この嵐を避ける特殊なメカニズムを持っている。このメカニズムは、エボラ感染症と、新型コロナウイルスも含めたSARSでは共通で、いずれもインポーチンの作用を阻害して、STAT1の核内移行をブロックして、インターフェロン産生を止め(https://aasj.jp/news/watch/2023 およびhttps://aasj.jp/news/watch/12749 )自身を守る仕組みが、さらにウイルスを叩こうとするサイトカインストームの原因になっている。
他にも薬剤過敏症候群のようにウイルス感染が併発するアレルギー(https://aasj.jp/news/watch/12272 )や、遺伝子欠損による悪性自己免疫でも進行性のサイトカインストームが起こることがある(https://aasj.jp/news/watch/5669 )。このように、このHPで紹介しただけでも、致死的なサイトカインストームの原因のいくつかは特定され、それぞれに対する新しい治療法も開発されてきた。新型コロナウイルスの場合、IL-6に対する抗体、アクテムラが著効を示すことが示されているが、今後は他のサイトカインストームに対する薬剤の報告も集まるだろう。このように、典型的サイトカインストームを示す病態についての知識を整理しておくことは、ウイルスを直接叩く方法がない時期でも、新しいウイルスパンデミックに対応できる。現在の可能性としては、IL-6抗体、Jak阻害剤、IL-1β阻害剤などが利用可能だが、このレパートリーを増やしておくことはポストコロナの新しいパンデミックに対応するには重要だ。この時重要なポイントは、診断基準を整備し、ウイルス名がはっきりしなくても、サイトカインストームとして治療可能にすることだろう。
同じように、強いサイトカインストームと、血栓症の関係が今回のパンデミックでも注目されているが、重症化という共通項を理解するには極めて重要なぽいんとだ。ただ今回は、長くなるので割愛する。ぜひこれまでこのHPに書いたブログをお読みいただきたい(https://aasj.jp/news/watch/12972 )。
大事なことは、治療法開発により、感染による社会的恐怖を除くということで、今回のパンデミックでこの開発に火がついたことは心強い。
今回ワクチンまでと思ったが、ワクチンは次回に回す。
2020年5月7日
高校時代ラグビー部の練習が終わりにさしかかった夕暮れ、ハイパントのボールを追いかけた時、ボールがボケていることに気づいて、以来メガネが友となった。その後50歳を越した頃、今度は食べようとするご飯粒がボケいるのに気がついて、以来遠近両用のお世話になっている。これは日本人の半分近くが経験する物語で、視力1以下となると高校生の7割近くが当てはまるらしい。
今日紹介するロンドンキングスカレッジを中心に多くの研究室が共同で発表した論文は、50万人以上のゲノムデータを集め、近眼の発生と相関する変異を持つ領域を特定しようとした研究で4月号のNature Geneticsに掲載された。タイトルは「Meta-analysis of 542,934 subjects of European ancestry identifies new genes and mechanisms predisposing to refractive error and myopia (542,934人のヨーロッパ人のメタゲノム解析により屈折障害と近眼につながる遺伝子とメカニズムが特定される)」だ。
近眼が生存にとってよほど有利な性質でない限り、これほど多くの人が近眼になるリスク遺伝子が少ないはずはない。また、生活習慣の重要性も当然と思っていたので、どの程度の数の多型が近眼に関係するのか?興味深い研究だ。と読み始めて、様々なデータベースを全て集めたかなり正確な解析によって、なんと449の遺伝子領域の変異が近眼と相関していることに度肝を抜かれた。
普通疾患多型データはマンハッタンプロットのような実際のデータが示されるのだが、これほど相関領域が多いと複雑すぎてデータがわかりにくいので、染色体地図上に優位に相関した領域を書き入れている。実際に見てもらわないと実感はないと思うが、Y染色体を除く全ての染色体に相関領域はまんべんなく分布している。
通常統合失調症や自閉症などのような高次機能の異常は多くのゲノム領域の相関が見つかるが、おそらくそれ以上だ。すなわち近眼は極めて奥の深い性質であることが明らかになった。
実際相関する領域にある遺伝子を見てみると、角膜やレンズだけでなく、網膜の構造や発達に関わる遺伝子を皮切りに、シナプス伝達に関わる遺伝子まで、これまで目の遺伝病に関わることが知られている様々な遺伝子との相関が浮き上がってくる。
個人的に興味が惹かれたのは、メラニン合成など色素に関わる遺伝子との壮観で、例えば光の量の小さな変化が積もり積もって近眼を誘導することは十分考えられる。
最終学歴と相関する遺伝子が近眼にも相関することは、勉強のしすぎが近眼を作るという話を裏付けているようにも思う。
これ以上紹介はやめるが、視力が我々の感覚の大きな部分を占め、1日15時間以上目を酷使しておれば、構造や昨日の少しの変化が、近眼となって現れることは十分理解できる。しかも、今回発見されたマーカーでは高々20%の遺伝性しか説明できないとなると、近眼とは人間の生活そのもので、奥が深いことがよくわかった。
2020年5月6日
昨日年甲斐もなく頭に血が上ったせいで、隠居の身を顧みず、ポストコロナを支える技術について最新の状況を説明すると言ってしまったので、2回にわけて私が面白いと思った技術を紹介してみたい。1回目は、公衆衛生、診断についてで、2回目は治療についてだ。適当に論文のタイトルをペーストするが、他にも多くの論文があることを前もって断っておく。
さて医療で重要なのは、早期発見、リアルタイムの実態把握、治療資源の集中投入だ。当然公衆衛生でも同じだが、政策を伴うので、データをわかりやすく翻訳して政府に進言することが必要になる。全国レベルで資源の集中投入などあり得ないことを考えると、全国一律に緊急措置を出したにせよ、同じ対策を全国に強いることは間違いだ。
都市のロックダウンが馴染むかどうかは別として、もし感染が始まったら、問題のある対象地域を特定し、そこに資源や人を集中させることが重要になる。現在医療崩壊の危機が訴えられているが、集中のためのプランがなく、全国一律に同じペースでクラスター探しや、隔離政策を進めてきた結果だと思う。
いずれにせよ、ここでは収束後を考えている。今回の学習をもとに、第二波に備えて、集中的に資源を投入すべき地域を特定して(これに科学が必要だ)、そこに人や資源を投入できる体制を構築し直さなければならない。しかし第二波に備えるにしても、武漢のように1000ベッドの感染症専門病院を我が国で用意することは、大都市圏以外は難しい。すなわち、緊急時への備えをどの規模でやるか様々なアイデアが必要になるだろう。一つヒントになるかなと思うのは、以前訪問して印象に残った、レバノンからのミサイル攻撃に備えて、病院の地下駐車場がいつでも病室に変換できるようパイプを張り巡らせていたHaifaの病院だ。(http://jerusalemworldnews.com/2012/06/08/worlds-largest-underground-hospital-opens-in-haifa/ )。日本では戦争に備えることはないと期待できるので、地上の駐車場改造で十分だ。これは一例だが、これまでベットの回転率だけを重視してきた厚労省の方針は見直されるだろう。ただ、緊急時に向けた用意を最小コストで行う工夫を早急に議論して間違っても平時には使わない病院を林立させるのはやめてほしい。そして余裕のための資源の管理は、国レベルの備蓄として準備することで、資源の集中投入のための準備を整えてほしい。
いずれにせよ緊急状態は、場所と時期両方の把握が重要で、これが的確に行える備えが必要になる。私には専門外の資源の集中についての議論はこのぐらいにして、早期発見、現状把握についてみていこう。
今回初動の遅れが問題になっているが、専門委員会のメンバーの中には極めて早い時期のロックダウンの必要性を示唆していた人がいたと聞いている。すなわち、今回我が国で初動が遅れた原因は、科学でもなんでもなく、科学者と政治家の関係の未熟さに尽きる。しかしそれでも、はっきりとしたデータがあれば安倍内閣や役所でも決断できたかもしれないし、あえて決断しない場合も科学データを無視したというはっきりとした証拠が残る。
したがって、初動のための早期感染検出法の開発は必須だ。新型コロナ第二波の場合、相手がわかっているので、外国から感染が持ち込まれる場合は、国際協調による情報の収集と、検疫が重要になる。ただ、入国時に全員検査をしたり、入国後14日間隔離などと言った方法は平時には取れない。したがって、飛行機の場合は乗る前に感染していないこと、あるいはすでに感染して抗体を持っていることを迅速に検出し、個人や旅行会社に通知するシステムが必要になるだろう。このような迅速な方法については現在続々開発が進んでおり、いずれも1時間以内に診断できる。費用は飛行機のサーチャージと同じでもちろん個人持ちになる。
このような検査は常に偽陰性や感染経過による検出ミスがつきまとうが、100%を追い求めても意味がない。この時、個人の検査だけでなく、飛行機、あるいは空港といった領域にいた人たちの感染状況を、トイレの下水などを利用してより厳密な方法でモニターすることは役に立つ。飛行機ではないが、居住地区の下水でモニターする可能性については((https://aasj.jp/news/lifescience-easily/12703 ))論文を紹介した(以下の論文)。
幸いコロナウイルスの断片なら便に排出されることがわかっているし、また無機物の表面中に数時間は存在している。おそらく下水だけでなく、室内の空気をエアートラップ採取してもモニターができるだろう。この場合個人の検査と違って誤診は許されないが、アラートが出ることで、市民の注意を喚起できる。
ただ我が国での流行状況を考えると、新型コロナの第二波は国内から起こる確率が高い。この場合、できるだけ早く感染流行が始まる場所と地域を特定することが重要になる。現在このモニタリングは病院を訪問した時の診断で行われる。ただ、これ自体が感染を広め医療崩壊を招くという懸念が今回よくわかった。従って、ここが工夫のしどころで、収束後も感染が疑われる患者さんの動線をできるだけ分離する発熱外来の維持と、迅速な検査体制が必要になる。しかし個別の受診から感染地域の特定まで、大きな時間のズレが生じる可能性がある。
これを補うのがウェッブ検索や、SNSでの会話に出てくる単語のモニタリングだと思う。例えばずいぶん昔になるが「疫学はWiKi学になる? 」と紹介した論文(https://aasj.jp/news/watch/1429 )では、インフルエンザ流行をほとんど1日程度のずれで察知できることが示されている。
また最近も、嗅覚や味覚がなくなることに関わる検索数が新型コロナ感染数とリアルタイムで一致しているという報告を紹介したが、SNSのモニタリングは、特定領域で感染症が始まっていることを知るアラートとして大いに役立つ(https://aasj.jp/news/watch/12806 )。要するにビッグデータに基づくアラート体制を取ることが重要だ。
とは言え、この方法で病気の特定は不可能だ。その時は、先ほど紹介した下水や環境のモニタリングを組み合わせて、リスク評価をすることが重要だ。
さて、感染がキャッチされれば、感染状態の正確な把握は政策にとって必須になる。我が国ではいまだにPCR数についての議論が続き、4日の緊急事態延長宣言では、PCR数増加を阻む目詰まりについて問い詰められた委員会や政府が責任転嫁をしている有様だが、感染状況の把握をおろそかにしたことを反省すべきで、PCR数の増加の問題ではない。いずれにせよ、収束後同じ問題が再燃しないよう手を打つ必要がある。
今回十分学習したので、収束後は各診療単位で疑われたケースは速やかに検査を行うということに支障はないだろう。さらに、SNSのモニタリングや下水のモニタリングも組み合わせて感染の広がりを把握できるようになる。また、地域でのランダムサンプリングによるウイルスや抗体の検査による状況把握もできるだろう。
この時必要な技術が、現在議論の的になっているPCRかどうかは考えておく必要がある。第二波が新型コロナウイルスと決まっておれば、より迅速な方法が必要になるだろう。保健所のキャパシティーなどというボヤキが出ない方法を定着させることが重要で、例えばサーマルサイクラーを使わない技術など、理研林崎さんの方法も含めて目白押しだ。他にも国立感染研の開発した技術もある。
しかし、これらの技術は多くのウイルスを同時に検出したり、あるいは将来増幅が必要ではない方法への発展性に問題がある。個人的には以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/12887 )、クリスパーを用いる技術に期待している。
上の論文はまだ、新型コロナウイルスの検出法としてクリスパーを使うという話だが、可能性のあるウイルス全体に網をかけて検出するという可能もすでに議論され、一つの方法がNatureに発表された。
ガイドRNAだけを増やせば病原性ウイルスを一網打尽に検出できることから、新しいウイルスが発生しても、ゲノムデータがあれば、迅速に対応できる。
このように、ポスト・コロナについて言えば、新型コロナウイルスの第二波だけではなく、新しいウイルスにも対応でき、しかも迅速診断可能な技術が必要だが、多くの技術がすでに実用可能になっている。PCRが少ないという批判がトラウマになって、ただただPCRにこだわって将来を計画するのではなく、どの技術を選ぶのか今から議論することが必要だと思う。
これまでの議論は全て、従来の公衆衛生政策の効率化、すなわちトップダウンの政策の延長として考えてきたが、ここで大きな発想の転換をして、ボトムアップの公衆衛生が可能かを考えたら面白いと思う。というのも、感染症の場合、感染者も健常人も全て「Stay Home」が原則になる。とすると、Homeで病気を判断できるようになることが究極の解決になる。
遠隔診療が解禁された今こそこの転換のチャンスだ。おそらく感度は問題だとしても、ウイルス抗原検査なら自宅でもできるようになるだろう。またどこででもできるウイルス検査法の開発競争は凄まじく、選択肢は大きい。
自宅でウイルス診断をすると最初からゴールを定めればリーズナブルなコストの検査が可能になるように思う。さらにAIも駆使して、かなりの判断が自宅で可能になり、遠隔医療で医師に相談できるとともに、そのまま公衆衛生プラットフォームにデータが蓄積できれば、ボトムアップの公衆衛生が可能になる。このような仕組みは、かかりつけ医制度の再構築という厚労省の目的にも合う。
ボトムから感染症に対応する仕組みは、我が国にゲノムサービスなどの新しいチャンスももたらす。たとえば、コロナ感染や重症化と相関する遺伝子は必ず明らかになってくる。前に紹介したように個人のHLAタイプからT細胞免疫を予測する方法も開発されている(https://aasj.jp/news/watch/12923 )。他にもコロナウイルスの感受性に関して多くのゲノムデータが集積するはずだ。このようなデータを自覚症状リストなどと統合して、個人の判断をより正確にすることは可能だ。
このような話をすると、「自宅では難しい、不正確だ、偽陽性をどうするのか、プライバシー侵害」と言った批判が専門家から湧き上がる。しかし、感染症という隔離が必要な「個人の病気」は、新しい仕組みを必要としている。
我が国でも、検診データ、服薬記録など、様々な個人医療データを統合する仕組みができつつある。まだまだ入り口とは言え、遺伝子検査サービスを受けた人たちも数十万人いるのではないだろうか。米国では2千万人に上っており、我が国でも必ず同じようになる。とすると、思い切って感染症も、社会問題としてだけでなく、個人の問題として解決する方法を模索することで、感染症でも医療に対する満足度が高まり、新しい医療システム構築すら可能になる気がする。
次回は治療とワクチンを取り上げ、感染の恐怖を医療を通して解決する方法を考えてみたい。