私たち日本人にはあまりなじみがないが、今回のパンデミックが始まるまで、世界的にはエボラウイルス感染が最も注目を集める感染症の一つだった。私たちも、ウガンダ旅行を計画しているちょうどその頃、コンゴ国境地域でエボラウイルス感染が起こったことを聞いた。感染症の性質上ほとんど旅行には問題ないと勝手に決めて、結局ウガンダ旅行を強行したが、国境の検問を厳しくするのか、山岳地帯に行進していく軍隊も目にした。
このとき、なぜエボラウイルス(EV)感染が繰り返し起こるのか気になった。症状の強さから考えて、感染が続いておれば気づくはずだ。とすると、動物が媒介するか、あるいは無症状のまま感染が維持される可能性があるということだ。
実際、今日紹介する米国陸軍研究所からの論文を読むと、感染者から回復した男性の精液にはウイルスが長期間維持されていたのが報告されており、また快復後再発するケースもあるようだ。この研究では、回復して血中からウイルスが消えた後、どこにウイルスが隠れているのか、感染実験に使ったサルを用いた研究で2月9日Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Ebola virus persistence and disease recrudescence in the brains of antibody-treated nonhuman primate survivors(抗体治療を受け快復したアカゲザルの脳でエボラウイルスは維持され、再発を起こす)」だ。
米国ではエボラ治療実験が、多くのサルを用いて行われているようだ。この研究では、米軍感染症研究所で、モノクローナル抗体治療の効果を確かめるために用いたアカゲザルを、快復後30日間健康状態がそのまま維持されるか調べた後、安楽死させ、全身にウイルスが残存していないか調べている。
結論はシンプルで、36匹の快復サルのうち、7匹は血中のウイルスが検出されなくなったものの、脳内にはウイルスが存在し、様々な細胞が浸潤する炎症も起こっている。さらに、一例では再発により死亡することも示された。すなわち、多くは完全に回復するが、一部の例では、特に脳にEVが残存している。
ウイルスゲノムが複製された側の遺伝子の存在を調べることでウイルスが複製されているかを調べると、ゲノムとともにアンチゲノムも同時に検出できることから、潜在期間中もウイルスの複製が維持されていることを示している。重要なことは、このような快復後の感染は、脳以外では見られず、脳で感染が持続している点だ。
ではどの細胞にウイルスが感染しているのか、より詳しく見てみると、ほぼ全てが脳室細胞とCD68陽性のマクロファージであることがわかる。このように、脳室周囲のマクロファージが主にウイルスリザバーのとして機能する理由を探るため、ウイルスを感染させ、病気が発症したとき、脳のどの細胞がウイルスに感染するのかを調べている。その結果、病気進行中は脳脊髄液を作っている脈絡膜の血管内皮に感染していること、しかし脳内には感染がないことを確認している。
以上の結果から、EV感染によって病気が進行すると、脳脈絡膜の血管内皮にまでウイルス感染が波及し、この内皮からマクロファージがウイルスを取り込み、その後レザバーとしてウイルスの緩やかな増殖を維持させるというシナリオだ。
おそらく多くのケースでは、T細胞免疫が誘導されて脳内でもウイルス産生細胞が除去されるのだろうが、サルで確実に遷延感染があることを示す結果は重要だ。徐々に治療法が確立してきていることを考えると、感染者の定期的フォローアップの重要性を示している。
翻って、コロナでも同じような遷延感染があるかどうかは調べる価値がある。特にマクロファージが感染している例は多く報告されているので、脳についても今後機会を捉えて調べていくことは重要だと思う。