最近新型コロナウイルス感染に関する研究は、疫学を別にすると、スピード重視で、大変な実験をやっているなという実感が得られる論文は少ない。ただ、これらの実験はどうしても現象論にとどまり、感染の将来を予測出来るぐらいの研究となると、要求されるレベルが違う。
今日紹介するFred Hutchinson癌研究所からの論文は、トップジャーナルに溢れる新型コロナウイルス関連の論文の中でも、力作としては群を抜いており、新型コロナウイルスが進化してきた過程を、スパイクとACE2との結合という機能的側面から検討した研究で2月3日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「ACE2 binding is an ancestral and evolvable trait of sarbecoviruses(ACE2結合性はサベルコウイルスの祖先が持っていた進化可能性の高い形質)」だ。
一般に分子進化の研究というと、遺伝子配列決定で終わる。ただ選択による進化を考えるためには、それぞれの変異体の機能を詳しく見る必要がある。この研究では、45種類のサルベコウイルスのスパイクにあるRBD領域をクローニング、酵母の表面に発現させ、ヒト、ジャコウネコ、センザンコウ、マウス、そして4種類のコウモリのACE2との結合を調べている。
45種類のサルベコウイルスは、Cov2型、Cov1型、アジア型、そしてアフリカ/ヨーロッパ型(AE型)に分けられるが、Cov1、Cov2、AE型にはいずれかのACE2に結合性が見られる。一方、アジア型はどのウイルスも全くACE2に結合しない。この機能解析から、おそらくサルベコウイルスの先祖はACE2結合性を有し、アジア型が分かれたときにACE2結合性が失われたことを示唆している。
これを確かめるため、現在有るウイルスの配列から先祖の持っていた配列を推定する方法を用いて、サルベコウイルス全体の祖先、Cov1,Cov2, アジア型3系統の祖先、そして3系統それぞれの祖先配列を割り出し、さらに先祖型遺伝子を再構成して、ACE結合性を調べている。結果は予想通りで、サルベコウイルス全体の祖先型はコウモリのACE2に結合、そして三系統祖先型はヒト、センザンコウ、コウモリ2種のACE2に結合することがわかった。
一方アジア型先祖はどのACE2とも反応せず、Cov1から分かれた後で、ACE2への結合性を失ったことが証明されたが、この配列から一部のアミノ酸配列を欠損させると、ヒトACE2への結合が回復することも示している。
以上のことから、コロナウイルスがサルベコウイルスへ進化する前に、コウモリのACE2への結合を獲得し、その後変異を繰り返しながら感染するレパートリーを変化させていったことがわかる。
このように、ACE2結合性は、かなりの多様性を発生させられる余地のある配列を持つことが予想されるが、これを確かめるため、再構築されたそれぞれの先祖方を含む14種類のACE結合サイトの可能なアミノ酸配列を全て変異させた、各1500種類の変異配列を再構成し、それぞれの動物のACE2と結合を調べる膨大な実験を行っている。結果は、Cov2,、Cov1型ではほとんどの変異がタンパク質として再構成でき、レパートリーや親和性の異なる結合性を示すことを明らかにしている。すなわち、まだまだ様々なタイプの受容体結合性が進化可能であることを示している。
また、普通人間のACE2とは結合しないAE型も、変異が入ると弱いながらも結合力が発生することも示している。さらに、最近になって発見された新しいAE型や、さらに新しい型に属するサルベコウイルスもACE2に結合することを示している。
結果は以上で、サルベコウイルスの受容体結合ドメインとACE2との結合性がダイナミックに変化しうることが再認識され、今後も様々な新しいウイルスが感染症として現れる可能性が高いことがよくわかる、将来に向いた優れた研究だと思う。
今後はスパイクだけで無く、メインプロテアーゼのような分子の進化を調べて、感染後の治療可能性も調べる必要があると思う・新型コロナウイルスに対してはスピード感を持って必要な情報を得ることが出来るようになっているが、今後はこの論文のような将来に備える研究が重要になる。