我が国のメディアにあふれるCovid-19ニュースは、これまで経験したことのない様々な社会現象を生み出している。おそらく多くの社会学者によりこれらの現象が分析されることで、日本の社会や文化について、新しい理解が生まれることだろう。
ただ一般メディアだけでなく、科学雑誌にもCovid-19についての科学論文以外の記事や意見が掲載されている。一応、科学ジャーナルというブランドがあることと、読んでみると結構面白いので、今回3つ紹介してみることにした。ただこれらは一般メディアと同じ意見や記事の扱いなので、そのつもりで読んでほしい。
まず治療薬だが、ようやく新型コロナウイルスの分子に特異的な薬剤、ファイザーのパクスロビドが認可された。この薬剤は昨年11月にScienceに紹介され(図)、PCR診断後3日までに服用すると、偽薬の場合27/385(7%)が入院したのに対し、3/389(0.8%)しか入院する必要がなかったという輝かしい結果を報告している。
この薬剤は先月承認申請がなされ、2月厚労省と購入契約が締結したと言うことで、自宅でも可能な治療手段がそろってきたという実感がある。パクスロビド報道で投与される薬剤の写真が掲載されているが(例えば朝日新聞:https://www.asahi.com/articles/photo/AS20211217000659.html)、おそらく多くの方が少し違和感をもたれたのではと思う。すなわち、一回分のパッケージに二錠のピンクの錠剤とともに、白い錠剤がセットになっている点だ。この白い錠剤はリトナビルで、服用したパクスロビドが腸や肝臓で壊されないよう、薬物代謝酵素CYP3A4分子をブロックする作用を持っている。
もちろん投与量は安全性を確保した上で決められているのだが、この両剤併用に対して、一定のリスクを認識すべきだという英国NHSの研究者を中心とする意見が、1月1日Lancetに掲載された。
内容だが、この併用戦略は、HIVにも使われており安全だが、使用に当たってはいくつか留意点があり、禁忌も含めて使用ガイドラインを明確に示すことが必要であることを強調している。
私も全く知らなかったのだが、この薬剤がCYP3A4だけでなく他の薬剤代謝酵素を阻害すること、逆にリトナビルで誘導される薬剤代謝酵素が存在することは重要だ。このため、他の薬剤(スタチン、ステロイド、精神安定剤、抗凝固剤、抗不整脈剤)を服用中の患者さんの治療は、他の薬剤(例えば作用機序の異なるモルヌピラビルや、あと少ししたら認可申請が行われる期待する塩野義のプロテアーゼ阻害剤)から始めた方がいい。今のように、医療が混乱しているときは、医師だけに周知させるだけではなく、一般の人にもこのような情報を提供し、自分でも注意してもらうことが必要な気がする。
次は世界中で議論の的になっている薬剤、イベルメクチンについてのニュースだ。もちろんこのニュースを紹介して、論争を蒸し返そうとなどと毛頭思っていない。結論は、我が国でも進んでいる治験結果が出てから判断すればいいことだ。ただ、米国でイベルメクチンが使用され、医療保険が支払われていたケースがあると知って驚いた。
米国医師会雑誌JAMAに掲載されたResearch Letterに結果が書かれている。2020年12月から、2021年3月に申請された米国の医療保険請求の中から、イベルメクチン処方の数と、そのうち請求が通った数を調べている。ちなみに、FDAは未だイベルメクチンを認可はしていない。
この調査から、米国ではCovid-19の治療は普通の保険診療の枠で行われているようだ。全体で5939のイベルメクチン処方に対する請求が出ており、支出額のうち、個人保険で61%、メディケアで74%が支払われている。著者らは、これが米国の無駄な医療費の例として糾弾しているのだが、イベルメクチンが世界中で議論の的になっていることはよく分かるレポートだ。
最後は、The New England Journal of Medicineに掲載された、Covid-19症状の多様性についての一つの考え方だ。
Covid-19の病状を決める大きなファクターは、ウイルスに対する抗体産生反応であることは間違いない。このとき、体内で誘導されてきた抗体がウイルスに結合して感染を予防するだけでなく、ADEと呼ばれる感染を助ける働きを持つ可能性についても、ワクチンへの懸念として議論されたことがあった。
この意見論文では、スパイクに対する抗体が誘導されるときもう一つの問題が起こる可能性、すなわち抗イディオタイプ抗体による、ACE2機能阻害、あるいは促進の可能性について意見を述べている。専門家でも、イディオタイプと聞いて覚えられている人は多くないと思うが、かくいう私も留学中はこの領域で研究を行っていた。
抗体はそれぞれ対応する抗原に結合する。このために抗体の抗原結合部分はそれぞれ異なるアミノ酸配列を持っており、自己分子(生まれついて持っている)とは言えなくなる。実際、抗体の抗原結合部分(これをイディオタイプと呼んでいるのだが)に対する抗体を実験的に誘導することが出来る。さらに個体の中に自然に誘導されることも観察されている。
ここで図を見てもらおう。Covid-19感染で重要なのはウイルスのスパイクと、ホストのACE2分子に対する反応だ。この反応を阻害しようと、感染やワクチンで両者の結合を阻害する抗体ができる。これが中和抗体だ。
さて、スパイクに対する抗体、特にスパイクとACE2の結合を阻害する中和抗体が誘導されると、この中和抗体に対して抗体が誘導されることもあり得る。このスパイク抗体に対する抗体、すなわち抗イディオタイプ抗体は、スパイクのACE2結合部位を阻害する抗体に対して誘導されたため、スパイクのACE2結合部位と構造的に似る可能性がある。すなわち、スパイク自身と似た結合活性を持つ可能性がある。これが起こると、ウイルスが除去されても、この抗イディオタイプ抗体がACE2に結合して、機能を促進したり、阻害したりする可能性が示されている。
ワクチンも、感染とは関係なく中和抗体を誘導することなので、これに対する抗イディオタイプ抗体を誘導し、これがACE2に結合してその本来の機能を変化させることも考えられる。ACE2はACEに拮抗し、血管保護に働いているので、感染後やワクチン接種後の血管障害の原因になる可能性があるというわけだ。
取り越し苦労ではないかと思うが、このようにあらゆる可能性を述べる自由な環境があることが、Covid-19との戦いを支えている。