出張で枕が変わった昨晩はあまり眠れなかったが、自宅にいるときは眠れる方だ。しかし、長い時間眠ることは間違いなくできなくなっている。逆に昼に眠たくなるのは確実に増えている。歳だから仕方がないと諦めているが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文のように、このメカニズムが明らかになると、ひょっとしたら高齢になっても、若い頃と同じようにぐっすり眠れる日が来るのかもと期待する。論文のタイトルは「Hyperexcitable arousal circuits drive sleep instability during aging(興奮性の高い覚醒回路が老化による眠りの不安定性を誘導する)」で、2月25日号Scienceに掲載された。
この研究ではまずマウスでも老化に伴って眠りが断片化することを確かめた後、眠りと覚醒の核となるオレキシン神経に焦点を当てて、解剖学的、生理学的に調べている。その結果、老化に伴いオレキシン神経の数は4割近くも低下するにもかかわらず、興奮の回数が上昇しており、そのたびに覚醒サイクルに入ることが明らかになった。即ち、オレキシン神経細胞が振幅は小さいものの、興奮しやすくなっており、この興奮により目が覚めることがわかった。
このように、興奮の閾値が下がる場合、電位依存性のカリウムチャンネルの機能変化によることが考えられるので、オレキシン神経が発現しているKCNQ2/3チャンネル特異的阻害剤を加えると、若いマウスのオレキシン神経の興奮性が、老化マウスのように高まることがわかった。一方、チャンネル活性化化合物を加えると、老化マウスのオレキシン神経の興奮閾値は下がることも確認している。
以上の結果から、老化マウスではKCNQ2/3の機能が低下し、興奮性が高まっていることがわかるが、機能低下の原因を探ると、単純に遺伝子発現が老化とともに低下することで、機能が低下、興奮性が高まっていることが明らかになった。
この結論を検証する目的で、KCNQ2/3遺伝子をクリスパーでノックアウトすると、若いマウスでも老化マウスと同じように興奮閾値が下がり、眠りが断片化することを確認している。
最後に、マウスにKCNQ2/3阻害剤、あるいは活性化剤を投与する実験を行い、若いマウスでも阻害剤投与で睡眠が断片化し、覚醒時間が長くなる一方、老化マウスに活性化剤を投与すると、ノンレム睡眠時間が長くなり、脳波から見た睡眠の質も改善すること、そしてその結果認知機能も高まることを示している。
以上が結果で、老化によるエピジェネティックな変化でおこるカリウムチャンネル発現異常が、老化による睡眠障害の原因であることを示した重要な論文といえる。実際、睡眠障害はそのまま認知機能の低下につながるし、アルツハイマー病でも睡眠障害が病気の進行を促進していることから、KCNQ2/3を狙った安全な薬剤が開発されれば、認知症の治療にとっても重要な一歩になると思う。