今でこそ、美味しいものを食べたり飲んだりしたいという欲望が、自分の食生活を動かしていると思うが、本当の欲望は、生きていく、すなわち自分の定常状態を維持するために進化したもので、飢えや渇きを満たすために存在する。この基本的感覚が私たちの精神や理性と相互作用して、感情、衝動、喜びや苦しみ、そして善悪の判断にまで及んでいくことを喝破したのが、少し前に紹介したスピノザのエチカだ(https://aasj.jp/news/philosophy/18885)。
この感覚をたどっていくと、腸に存在する様々なセンサーがあり、中には蔗糖と人工甘味料まで区別するセンサーがあることも分かっており(https://aasj.jp/news/watch/18825)、急速に研究が進む分野だ。
とはいえ、水の浸透圧を特異的に感じる仕組みがあるとは考えたことが無かった。今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は浸透圧を特異的に感知するシステムが存在するか調べた研究で、1月26日号Natureにオンライン掲載されている。タイトルは「Sensory representation and detection mechanisms of gut osmolality change(腸が浸透圧の変化を感知し表象する仕組み)」だ。
おそらく研究で最も難しいのは、腸の伸張やpHなどとは違って、浸透圧が感知されていることを証明することだが、この研究では腸を様々な溶液で灌流しながら頸部の迷走神経の興奮を調べる方法で、生理食塩水から浸透圧が下がるとともに興奮する感覚システムの存在を発見している。30mM刻みで感知できるというのは、私にとっては驚きだ。
こうして、浸透圧の変化を感知するシステムがあることを確認した上で、浸透圧の低い水に反応する脳の迷走神経細胞が、例えば砂糖や食塩、あるいは腸の進展に反応する細胞とは異なっていることを確認している。このように、浸透圧が低いとことを感じる細胞が存在する。しかも、データを見ると他の感覚と比べて数が多いように見える。
次にこの腸での浸透圧変化の感覚を伝える神経について調べ、腸に分布する迷走神経では無く、なんと肝臓静脈に分布している迷走神経であることを発見する。また、この経路によって、渇きの感覚が抑えられることも、神経を切断する方法で確認している。この神経は水を飲むと急速に活性化し、レバーを押して水を飲む実験系で、欲望を変化させることが無いことが確認されたので、基本的には浸透圧変化を感じた渇き感覚を変化させることに特化していることが分かる。
では、腸のセンサーから肝臓静脈の迷走神経へ同シグナルが伝えられるかだが、消化管ホルモンの一つ血管作動性腸管ペプチド(VIP)によることを示している。すなわち、浸透圧の変化がVIPの分泌を促し、これが肝臓静脈の迷走神経に働くことを示している。
結果は以上で、腸の浸透圧を感じる仕組みが明らかになったと言えるが、個人的にはなぜわざわざ浸透圧といった状態を感知する必要があるのか、個人的には理解できない点も多い。おそらく、入り口の感覚細胞について詳細が分かれば、自ずと見えてくるのだろう。ただ、細胞の浸透圧を守るためには、むやみに浸透圧の低い飲料を飲むわけにはいかない。とすると、陸上動物と水生動物でこの仕組みを比べてみるのは面白いかもしれない。