トカゲの尻尾切りは、組織を守るために末端を犠牲にするといった、私たち社会の現象にも使われる言葉で、トカゲが襲われたとき尻尾を切り離して、身体は的から逃げおおせる仕組みだ。子供の頃は観察する機会もあったが、大学に入ってからはトカゲを見かけることも減り、成人してから尻尾が自切されるのを見た記憶は全くない。しかし、生命科学の専門知識を詰め込んだ今もう一度考えてみると、本当によく出来た仕組みで、どのように自切が行われるのか不思議だ。
発生や再生科学から考えると、尻尾が切れたあと、筋肉を収縮させ、止血をして応急対応をした後、再生芽を作る仕組みが焦点になる。この分野では、現在オーストリアで研究しているエリー田中さんがすぐ思い出されるが、トカゲに関して研究がどこまで進んでいるのか、把握できていない。
一方で、今日紹介するニューヨーク大学の論文を読んで、なぜ簡単に尻尾が切れるのかも、考えてみるとよく分かっていない面白い問題であることがわかった。タイトルは「Biomimetic fracture model of lizard tail autotomy(トカゲの尻尾自切を模した骨折モデル)」だ。
実を言うと、この論文を読むまでなぜ尻尾が切れやすく出来ているのかについて考えたことは無かった。この論文を読まずに質問されたら、脱臼と同じような仕組みで脊椎が外れるのだろうと答えたと思う。
この研究では、3種類のトカゲの尻尾について、自切後の切断面を走査電子顕微鏡で詳しく調べ、その構造から切断前にどのように結合していたのか、またなぜ切断しやすいのかをモデル化して調べている。
百聞は一見にしかず、で写真を見てもらうのが一番なので、雑誌にアクセスできるヒトは美しい写真を見て欲しいが、できるだけリアルに表現してみる。
まず、切れた側の断端には、8本のキノコのような形をした筋肉組織が突き出している。一方、身体側には、これらに対応する穴が存在している。すなわち、プラグとソケットの形で組織が結合している。このようなユニットが、一本の尻尾の脊柱ごとに存在し、どこでも同じように自切が出来るようになっている。すなわち尻尾は脊柱を単位とするプラグソケットユニットで組み立てられていると言えるだろう。
このプラグ側の突起には、さらに小さな突起で覆われており、さらのこの小さな突起の先端表面には20個ぐらいの小さな穴が空いている。すなわち、突起構造を包み込むように、組織結合が形成され、無数のミニ突起が相手側と機械的に接することでつよい引っ張りに対する抵抗力を発生させている。また、それぞれのミニ突起に明いているマイクロポアも接触面で抵抗を上げるのに貢献している。
ただ、強い抵抗力は引張り力に対してで、横に曲げると、柱に小さな断裂が走るのと同じ原理で、簡単にソケットから抜けてしまう。こうして、引っ張りに対する強い抵抗力と、曲げに対する脆弱性を見事に両立させたのがこの構造だと言っていいだろう。あとは、この可能性をモデル計算で確かめているが省く。ここでは触れられていないが、脊椎の方も曲げたときの方が脱臼しやすいと思う。
このように、脊椎だけで無く、一つの脊椎単位が、模型のプラグとソケットのような構造でつながっていることがよく理解できる研究だと思う。しかし、このような構造がどのような進化過程で形成されてきたのか、あるいは発生や再生で作り直されるのかを考えると、本当の理解まで先は長いと思う。