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自閉症の科学52 ASD症状を改善させる全く新しい化合物の開発(2月14日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年2月23日
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現在まで、FDAにより認可された自閉症スペクトラムに対する薬剤は存在しない。ただ、様々な症状を抑えるために例えばrisperidoneやaripiprazoleなどが使われることもあるが、副作用も強く、未成年への投与は難しいことが多い。

これに対し、最近注目されているのが便移植による治療だ。ASD児の腸内細菌叢をマウスに移植すると、社会行動や反復行動異常が出現するという結果をよりどころにしており、期待できる結果も報告されている。

ただ便移植治療の問題は、薬剤と違って何を投与しているのかについての明確な指標が無く、結果は運任せになってしまう点だ。もし、便移植の効果のメカニズムがはっきりすれば、この過程に関わる分子を標的にすることで、より科学的治療方法が可能になると期待される。

このゴールを目指して多くの研究が進んでいるが、今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、ASDの腸内細菌叢が行動に及ぼす影響の分子メカニズムを明らかにし、それを標的にした治療法を開発し、ASDに対する治験研究にまでこぎつけた点で、トップランナーといっていいのではと思い、自閉症の科学52として取り上げることにした。

このグループが明らかにした、腸内細菌叢により不安神経行動が現れるメカニズムについては以前紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/19079)、次のようにまとめられる。

1)ASDでは4エチルフェノール(4EP)が腸内細菌叢により多く合成され、それが肝臓を通る間に硫化され4EPSへと変換され、血中4EPS濃度が上昇する。

2)4EPや4EPSはオリゴデンドロサイトの成熟を妨げ、神経のミエリン形成が抑制され、脳内の結合性が低下する。

3)この変化が特に不安神経症に強く表れる。不安神経症は、オリゴデンドロサイトの成熟を促進するclemastine fumarateにより改善する。

以上の結果は、1)オリゴデンドロサイトの成熟、及び2)腸内での4EPの合成、がASD治療の標的になり得ることを示している。

clemastine fumarateは抗ヒスタミン剤として使用されており、ASDに対する治療薬として治験研究へ進むためのハードルは低いが、米国の治験サイトを調べる限りまだ治験には至っていないようだ。トライする価値はあるように思える。

今日紹介したい論文では、もう一つの標的、腸内細菌により合成される4EPを腸内で吸着するために新しく開発された吸着剤を服用することで、不安神経行動や反復行動とともに、ASDの一般評価指標も改善することを示した、期待を抱かせる論文だ。

タイトルにあるように、この治験で使われたのは、食品から発生する毒物を吸着して安全性を守る目的で使われるsequestrant(金属キレート剤)AB-2004で、これを経口で服用することで腸内で発生する4EPを吸着し、便と一緒に排出しようという戦略だ。

まず4EPを合成する細菌叢により不安行動が誘導される系で、AB-2004が血中4EPSを低下させ、期待通り不安行動を抑えることを確認し、安全性とともに有効性を調べるI/II相臨床治験に進んでいる。

様々な指標でASDと確定された、平均12-17歳の男女30人ををリクルート、徐々に服用量を増やしながら、8週間AB-2004を服用させ、まず安全性、そしてASD臨床診断指標の改善や、不安神経行動の改善が見られるのかについて調べている。

結果は素晴らしい。まず、服用が原因と言える様々な副作用は確かに見られるが、いずれも軽度で、最終的に97.5%が計画通り治験を終えてることが出来ている。

次に、AB-2004を投与すると腸内で4EPを吸着して、体内への吸収をブロックでき、最終的に血中の4EPSを約1/3程度に抑えることが確認された。ただ、服用をやめると血中濃度は元に戻る。

次に、マウスで確認されている不安神経行動の改善、さらに刺激に対する過敏性について調べると、両方ともはっきりと改善が見られた。面白いことに、不安神経行動については、AB-2004の服用をやめても、低い状態が続いた。

加えて、社会反応指標(SRS)や異常行動チェックリスト(ABC)でも、著しいとは言えないが一定の改善が見られている。

さらに、機能的MRIを用いて領域間の結合性を調べると、扁桃体と前帯状皮質の結合性が上がっている。これは、4EPSによるオリゴデンドロサイトの成熟抑制と、それに続く神経結合性の低下が、一定程度防げていることを示し、期待できる結果だ。

以上、結果はおそらく期待以上にすばらしく、この結果に基づいて次の治験段階が既に進行しているように思える。勿論今回のデータだけから、無作為化し偽薬を使うた第三相の試験がうまくいく保証はない。しかし、メカニズムから治療まで、論理は一貫しており、また血中4EPSを抑えることは確認されているので、うまくいく可能性も十分期待できる。とすると、FDAが承認する最初のASD治療薬になる可能性は高い。

調べてみると、この治験を進める会社、Axial Therapeuticsには投資が集まっているようで、開発は順調に進んでいるのだろう。不安行動が消えるだけでもいいので、是非成功して欲しい。

2月23日 多発性硬化発症に至る人間の免疫反応を特定できるか?(2月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年2月23日
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多発性硬化症(MS)に関しての最新トピックスは、ほとんどのケースで、EBウイルスが自己免疫誘導の引き金になっていることが明確になったことだろう(https://aasj.jp/news/watch/18787 及びhttps://aasj.jp/news/watch/18926)。これは大きな前進だが、病気の理解という点では、この引き金から病気発症までのプロセスを明らかにする必要がある。現在のところEBからMS発症までを再現する動物モデルが無いことを考えると、実際の患者さんについて調べるしか方法は無い。しかし、人間集団は途方もなく多様で、実際MS発症と相関するSNPでも実に200種類も存在し、MSによる免疫反応だけを抽出することが難しい。

この問題に対し今日紹介するチューリッヒ大学からの論文は片方だけがMSを発症している一卵性双生児ペアを61組も集めてきて、発症による免疫細胞の変化を特定しようとした研究で、2月16日 Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Twin study reveals non-heritable immune perturbations in multiple sclerosis(双生児研究によって、多発性硬化症による非遺伝的要因による免疫系の乱れが明らかに出来る)」だ。

残念ながらこの研究はMSがEBウイルスが原因の一つであるという最近の結果をほとんど考慮していない。従って、この結果をEBと連関させるのは今の段階では難しいが、この方向でも研究が進められているだろう。ともかく、片方がMSという一卵性双生児ペアが61組も集められたことが、この研究の最大のハイライトだ。

研究では、免疫機能に関わる細胞を単一細胞レベルで徹底的に調べ、MS患者さんのみに共通に見られる違いを調べている。この違いの中から、治療による影響などを補正して、最終的にMS特異的変化として抽出出来たのは3種類だけだった。

これだけ調べてたかだか3種類と思われるかもしれないが、これが背景を一致させることの効果で、一卵性双生児ペアでなければ、もっと多くの違いがリストされ、焦点が絞りにくくなる。その意味で、一卵性双生児のみで比べたこの研究の目的は十分達せられている。

さて、3種類の違いだが、一つは白血球がMS患者さんだけで、炎症で活性化され、体中を駆け巡るタイプの白血球にシフトしている。

2つめは、ヘルパーT細胞集団のCD25発現がMS患者さんで高まっている。すなわち、ナイーブな段階からエフェクターやメモリー細胞へ分化する過程で、IL2の刺激を受けて増殖しやすい条件がそろっている。

最後に、MS患者さんではIL-2とともに、IL-17AやIL-3などのサイトカインが上昇している。

もともとIL-2シグナルは、MS発症のための遺伝的バックグラウンドとして特定されているが、MS発症の過程でさらにヘルパーT細胞がIL-2過敏性になり、その結果GM-CSFやIL-3、そして炎症性サイトカインIL-17が分泌されることで、白血球が活性化される、という経路が明らかになった。

これだけかといわれればそれまでだが、今後EBウイルスとの関わりで結果を見直していけばもっと面白い話が出てくるような気がする。

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