私が医者になったばかりの頃、企業によって環境に流された原因物質が、病気の原因として相次いで特定されていった。水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそくなどが記憶に残っているが、この特定には長い時間と、病気解明に執念を持った研究者の努力が必要だった。
このような地域が特定された病気だけでなく、整腸剤キノフォルムが原因と特定されたスモン病など、私たちが日常口にしたり触れたりする様々な物質の中に病気の危険がひそんでいることが明らかになり、強い規制が行われるようになった。それでも、児童の発達や、胎児への影響など、症状が明確でない場合は、なかなか原因物質を特定することが難しい。
今日紹介するスウェーデンKarlstad大学を中心とする国際チームから発表された論文は、内分泌攪乱物質に焦点を当て、妊娠中に摂取することで、胎児の脳の発達異常を誘導する分子の組み合わせを特定する研究で、2月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「From cohorts to molecules: Adverse impacts of endocrine disrupting mixtures(コホートから分子へ:内分泌を攪乱する分子混合物の副作用)」だ。
目的は摂取により胎児発達に影響がある内分泌攪乱物質を特定しようという研究で、特に新しいことが行われたわけではない。言葉が遅れるという現象を指標に、妊娠10週目の尿に含まれる攪乱物質として知られる化学物質の量を量り、これが本当に脳発達に影響を持つかを、様々な実験系で調べており、これまで何度も繰り返されてきたプロセスだ。ただコホート過程で問題のある化合物が発見された後は、速やかにその検証を可能にするシステムを確立した研究といえるだろう。
研究では、まず内分泌攪乱物質として知られた15種類の化学物質を選び、2000人規模の妊婦さんのコホート研究で得られた妊娠10週目の尿中のそれぞれの化合物の濃度を想定している。そして、出生した子供を追跡し、言葉を話すのが遅れたケースでの尿中の化合物との相関を調べることで、異常の原因となる内分泌攪乱物質の候補を探索している。
この研究の最大の特徴は、特定された化合物一つ一つの効果を調べる代わりに、暴露された量を反映して混合したミックスを決めて、この効果を調べている点だ。実際、この研究で利用された検出法で調べたとき、個々の化合物を高い濃度で加えても得られない、ミックスしたときの効果が見られている。
このミックスは、コホートが行われた国の母親が一般的に暴露されている分子が反映されており、それぞれの国で当然異なる。従って、今回の結果はスウェーデンの話として受け取っていいが、当然我が国でも同じレベルの暴露が起こっていることは間違いないだろう。
こうして決められたミックスは、まず神経細胞、そしてヒトiPS由来脳オルガノイドを用いて、急性、慢性の影響を、遺伝子発現を中心に調べている。
結果は、細胞やオルガノイドに加えることで、神経変性疾患や自閉症に強く相関する遺伝子の発現が変化すること、そしてエストロジェン、甲状腺ホルモン、およびPPSRなどの核内受容体に反応する遺伝子が大きく変化することを特定している。
そして、これらの変化をオタマジャクシの発生およびゼブラフィッシュの発生を用いて調べることで、確かに脳の発生に影響が見られることを確認している。
最後に、以上の結果に基づき、今回調べたミックスに存在する化合物の許容量の計算の仕方を示して論文は終わっている。
詳細はほとんど省いたが、脳のオルガノイドを中心に、解析しやすい実験動物を組み合わせることで、コホート研究で疑いが出た化合物のヒトへの影響を包括的に調べられることを示したことが、この研究のミソで、単独の物質ではなくミックスについて調べたことと、検査をシステム化したという点以外では新しいことはない。
ただ環境先進国といえるスウェーデンでも、このような物質の暴露が避けられていないことに改めて驚いた。