読んでいる最中から、「本当ならすごい、できるだけ早く治験を進めて欲しい」と思える、思いもかけない方向から病気に迫った前臨床研究に出会うことがある。アルツハイマー病(AD)で言えば、歯周病菌の出すタンパク分解酵素がAβやTauを切断して病気の進行に手を貸し、この酵素をブロックすると、ADの進行が抑えられるという論文や(https://aasj.jp/news/watch/9628)、や40Hzの光と音刺激で、海馬のミクログリアを活性化してADの進行を遅らせるという研究(https://aasj.jp/news/watch/9864)がそうだ。ただ残念ながら、いずれも臨床的には証明されていない。
今日紹介するワシントン大学からの論文はまさにそんな例の一つで、以前は強心剤として盛んに使われたジゴキシンがADの発症および進行を抑制できることを示した研究で、2月16日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Astrocytic α2-Na + /K + ATPase inhibition suppresses astrocyte reactivity and reduces neurodegeneration in a tauopathy mouse model(アストロサイトのα2-Na + /K + ATPase阻害によりアストロサイトの反応性を抑え、Tauによるマウスの神経変性を抑える)」だ。
もともとこのグループはALSなどの神経変性疾患で、アストロサイトのα2-Na + /K + ATPase発現が上昇し、炎症を誘導するプロセスについて研究していたようだ。この研究では、同じことがADでも起こり、またα2-Na + /K + ATPaseを治療標的として使えるかを調べている。
結論を先に言うと、期待通りα2-Na + /K + ATPaseをジゴキシンで阻害すると、脳内のアストロサイトを起点とする炎症が抑えられ、AD発症前にジゴキシンを脳内に投与すると発症を予防し、さらに病気が始まってから同じように投与すると、病気の進行を遅らせることが出来るという画期的なものだ。結果を箇条書きにすると、
1)AD患者さんではアストロサイトのα2-Na + /K + ATPaseの発現が上がっており、またADを発症するTauトランスジェニックマウスでも、病気の進行に応じてα2-Na + /K + ATPaseが発現が上昇する。
2)α2-Na + /K + ATPaseはジゴキシンの標的なので、ジゴキシンをミニポンプでマウス脳室内に持続的に投与すると、AD発症前に投与を始めると、異常Tauの蓄積を阻害することが出来、また異常Tauの蓄積が始まってADが発症した後から投与しても、炎症を抑えてADの進行を抑える。
3)ジゴキシンと同じ効果は、アストロサイトのα2-Na + /K + ATPase遺伝子発現をRNAiでノックダウンしても同じように見られる。
4)α2-Na + /K + ATPase阻害効果は、アストロサイトの炎症誘導作用抑制を介しており、様々な炎症性サイトカインの脳内発現が抑えられる。
5)特に、ADなど神経変性を誘導するlipocalin-2の分泌が抑えられることは寄与が大きい。
以上、これほどの効果が見られるなら、脳室内投与であろうとAD患者さんには大きな朗報だろう。勿論ジゴキシンは副作用の問題がある。しかし、脳内から出ない方法が確立できるなら、期待できる治療方法になると思う。ぬか喜びで終わらないよう、是非研究が進展して欲しいと思う。