2021年11月10日
非小細胞性未分化ガン、トリプルネガティブ乳ガンなどは、脳転移の確立が高い。そして、脳血管関門など様々な要因で治療が難しく、脳転移は悪い予後を予測する要因となってしまう。確実にガンに届くという意味では、放射線治療が用いられるが、大きく予後を改善するところまでは行っていない。
今日紹介するコーネル大学からの論文は、脳転移腫瘍の放射線治療に対する感受性を、比較的大量に経口摂取するL-アルギニンが大きく高めることを示し、そのメカニズムを探った研究で、11月5日Science Advancesに掲載されている。
アルギニンは、NO産生を通して血流改善だけでなく、細胞の基礎代謝にも大きな影響を及ぼすことから、スポーツサプリにも使われている、明日からでも利用できる物質だ。この論文では、まず実際の臨床例の検討から行っている。
まずアルギニンからNOを合成するNOS2の発現を、非小細胞性未分化ガン、トリプルネガティブ乳ガンで調べると、9割近いガンがNOS2を発現し、そのうち19%は強く発現していること、そして機能的MRIを用いて、アルギニンを5−10g摂取した後24時間で、腫瘍中の乳酸が低下し、ガンの代謝に大きく影響していることを確認している。
この結果を基に、63人の脳転移の患者さんに、照射前にアルギニンを経口摂取させ、その後1日2回の分割照射を、最終的に54.4Gy照射を行っている。治験は無作為化偽薬試験で行っており、放射線以外の治療は受けていない。アウトカムはResponse evalutation criteria in solid tumorsガイドラインに沿ったと書いてあるだけで、長期予後を正確に調べたものではないと思うが、結果は上々で、少なくともcomplete responseが10%対30%、Partial responseが12%対48%と大きく改善し、脳転移に限れば、7割近い患者さんで、50ヶ月以上の再発なしの経過が期待できるというものだ。今後是非大規模な治験と、長期予後に関するデータをとって欲しいと思う。
この研究では、臨床データを示した上で、なぜアルギニン摂取がガンの放射線感受性を高めるのかを調べている。ガンを移植したマウスにアルギニンを投与、1時間でガンを取りだし代謝解析を行うと、解糖系がPhosphoglycerateのステップで抑制され、ピルビン酸、乳酸と合成が低下、TCAサイクルも押さえられ、ガンのエネルギー代謝が押さえられている。
重要なのはこれらの変化のほとんどが、NOを介して起こっている点で、NOS阻害剤で乳酸の合成など代謝異常は正常化する。さらにNOによる代謝異常を追求すると、PhosphoglucerateステップのGAPDHがNOを介してニトロシル化されて長期的に阻害されることを示している。
このようなエネルギー代謝抑制に加えて、同じニトロシル化による機構で、この研究では特定できていないDNA修復分子の抑制が起こる結果、放射線照射後の修復が著しく低下していることも示している。
結果は以上で、元々NOは血管新生による血流改善効果なども知られており、ガンへの薬剤の浸透も助けることから、アルギニンはメカニズムがわかった放射線療法の補助物質として期待できるのではないだろうか。
2021年11月9日
少なくとも我が国では、人間を守るために生活環境をできる限り無菌的にする方向に向かっている。除菌からダニの吸引まで、多くのコマーシャルが日常にあふれていることを見ると、一般家庭レベルでも、清潔な環境を目指す努力が払われている。今回新型コロナ禍は、この努力をさらに加速させただろう。
しかし、清潔であることの副作用も存在する。例えば、アトピーの発生率と石けんの使用量は正比例しているそうだ。今では、赤ちゃんを清潔にと、ゴシゴシ洗うことの問題は広く理解されている。特に私たちと環境をつなぐ腸内細菌叢の研究が進んで、一定の“不潔”が体内に存在することの意義が示されている。
今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、日本人の腸から消失した寄生虫も私たちを守ることがあることを示した研究で11月11日号Cellに掲載された。タイトルは「Enteric pathogens induce tissue tolerance and prevent neuronal loss from subsequent infections(腸管の病原体は次の感染に対する組織寛容を誘導し神経喪失を防ぐ)」だ。
正直言って、論文としてはゴチャゴチャして、高いレベルとは思えない。ただ、実験の発想は面白い。
サルモネラの感染は、腸内の神経を傷害して、蠕動異常を誘導してしまうが、このグループは、サルモネラから細胞内での増殖に関わる分子をノックアウトして、病原性をなくすと、今度は次の感染から神経障害を守ること、そして筋肉叢に存在するマクロファージのアルギナーゼArg1が、次の感染から神経を守っていることを突き止めている。
ただ、病原性をエンジニアしたサルモネラの話はここまでで、あとはStrongyloides venezulenesis(Sv)と呼ばれる糞線虫を前もって投与すると、やはり筋層マクロファージのArg1発現などを介して、サルモネラ感染による神経障害を抑えることを確認した後、この過程のより詳しいメカニズムを解析している。
長い話を短くすると、糞線虫が感染すると、このとき自然免疫系を介してCD4T細胞が誘導される。このTh2型免疫反応は、マスト細胞や好中球を局所に誘導して、糞線虫の除去を図るが、このとき同時に筋層のマクロファージを活性化して神経保護作用を発揮する。
ではどの細胞が直接の神経保護作用に関わっているか調べると、T細胞から誘導されるIL-5により好酸球が局所に誘導され、この好酸球が分泌するIL-4やIL-13により、Arg1陽性マクロファージが筋層にリクルートされることが、神経保護作用の背景にあることを明らかにしている。この反応は全て寄生虫への免疫反応なので、この免疫反応が病原菌に対する神経保護作用を準備しているという話になる。
また、この効果は何ヶ月も維持されるが、これは最初のTh2型免疫反応により、骨髄での血液産生が好酸球を多く作るようにリプログラムされ、さらに腸局所の環境が好酸球のさらなる活性化を誘導するようリプログラムされるからだと結論している。
メカニズム解析としては以上が全てだが、この論文で面白かったのは、実験動物として管理されていないペットショップからのネズミを調べようと着想し、実際購入してSPFマウスと比べた実験で、ペットショップのネズミでは、寄生虫などに対する好酸球/IL-4/IL-13型の免疫が維持されており、その結果病原菌感染による神経喪失が完全に防がれていることを示している。
人間でも同じことが言えるなら、現代人からこの機能は完全に失せたことになる。とすると、人為的清潔を求めて、さらにさらに清潔を徹底させ、ひいては世界をSPF化しようとしているのが、文明かもしれない。
2021年11月8日
CD19に対する抗体を受容体に使ったCAR-Tの臨床治験のデータを見て驚いたのは2014年、ずいぶん前のことだ(https://aasj.jp/news/watch/2309)。その後我が国でも保険収載され、現在ではNovartis以外にもいくつかの会社が細胞を提供している。とはいえ、最初期待したほどは普及していないのも確かだ。これは、ガンのみに発現する抗原がなかなか見つからず、CD19にしても正常B細胞の犠牲の上に成り立っている。
今日紹介するCAR-T研究が最も盛んなフィラデルフィア大学からの論文は、神経芽腫細胞の組織適合性抗原により提示されているペプチドの中から、正常細胞の発現がないペプチドを選び、これに対する抗体を一種のFvディスプレイ法で開発し、神経芽腫もCAR-Tで治療できる可能性を示した研究で11月3日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Cross-HLA targeting of intracellular oncoproteins with peptide-centric CARs(HLAを超えて利用できる細胞内のガン遺伝子を標的にしたペプチドを核にしたCAR)。
CAR-Tは抗原とそれに対する抗体の開発が決め手になる。この研究では元々突然変異が少ない神経芽腫のMHCに結合しているペプチド7000種類を、質量分析を用いて特定、HLAとの結合性、正常組織での発現などで選択を繰り返し、最終的に13種類の神経芽腫特異的ペプチドの同定に成功している。重要なことは、全て正常分子由来のペプチドで、これらは全て発生初期に発現し、成熟後は正常組織から消失するいわゆる胎児分子に相当している。
最終的に5種類の胎児分子の中から、ガンが発現が持続するPHOX2B遺伝子を特定したあと、親和性の高いHLAと結合した複合体を抗原に結合する、抗体可変部を選んでいる。この目的にはretention-screeningと呼ばれる、バクテリアに10の11乗の突然変異を発現させたライブラリーを用いて、高い親和性の抗体を探している。そして、このFvをキメラT細胞受容体として持つT細胞を準備し、腫瘍個体に注射、強いガン抑制効果を持つことを確認している。
結果は以上で、
- 生化学的方法でペプチドを特定し、全くin silico探索を用いていない点、
- Fvを用いることで、いくつかのHLAと結合したペプチドに対応できること、
など、これまでとは大きく異なるCAR-T技術が完成した。コストを考えると簡単ではないが、是非推進を期待したい。
さて、私事になるが、昨日旅先で15kmのウォーキングの後、ほぼ脱水状態で温泉につかり、湯船から出た途端に意識を失い(おそらく立ちくらみ)、そのまま転倒にいたり、救急車で病院に担がれ、顔を数針縫う怪我とともに、左膝patella断裂に至った。応急処置を受けたので、今日神戸に帰って診察を受けるつもりだが、手術は必至なので、ひょっとしたら論文ウォッチを休むことになるかもしれない。途絶えても、おそらく元気で過ごしていると心配しないでください。
2021年11月7日
元々高齢者では不眠に悩む人が多いが、アルツハイマー病認知症では初期段階から不眠を訴える頻度が高くなることが知られている。一方、眠りは脳内の記憶の整理に必要なだけでなく、覚醒時に脳内にたまった老廃物を脳外へ排出する役目も担っていることが知られている。すなわち、眠りが妨げられると、アミロイドがさらに蓄積しやすくなり、悪循環に陥る。このようにアルツハイマー病でなぜ眠りが妨げられるのか、そのメカニズムを解明することは、この病気の治療にとって重要な課題と言える。
今日紹介するテキサス・ベーラー大学からの論文は、アミロイドが蓄積し始めると覚醒や睡眠状態を調節する視床毛様体核の回路が機能的に変化を来し、睡眠を妨げること、またこの回路を回復させることでアミロイド蓄積の進行を止められることを、マウスモデルを用いて示した研究で、11月3日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Restoring activity in the thalamic reticular nucleus improves sleep architecture and reduces Aβ accumulation in mice(視床毛様体核の活動を回復させることで睡眠が正常化しアミロイドβ(Aβ)の蓄積を抑えることができる)」だ。
この研究では遺伝的に蓄積しやすいAβ遺伝子を持つトランスジェニックマウス(APマウスと略す)を用いて行動を調べ、 APマウスでは睡眠が断片化し、REM睡眠は正常だが、Slow Wabe Sleepと呼ばれる深い睡眠で見られる脳波が低下していることを確認する。また、これらの異常は海馬や皮質でのAβ蓄積量とも相関する。
すなわち、海馬でのAβ蓄積により、睡眠を調節する視床の機能的変化が起こる可能性が示唆された。そこで、Fos遺伝子の発現を用いて視床神経の興奮状態を調べると、視床毛様体核(TRN)の抑制性神経の活動が低下していることを突き止めている。一方、海馬や皮質と異なり、神経細胞の変性は見られない。
この結果は、Aβ蓄積によりTRN抑制性神経の興奮が低下することが睡眠異常の原因ではないかと考えられる。そこで静脈注射できる薬剤(CNO)でTRN抑制性神経(GABA神経)興奮を選択的に誘導できるようにしたマウスを用いてTRN刺激を行うと、Aβ蓄積が始まったマウスのTRN神経興奮が回復し、その結果として睡眠の中断がなくなり、Slow wave睡眠も正常化することを突き止めている。
では、正常睡眠の回復は期待通りAβの蓄積を抑えることができるだろうか。このために、CNOを30日間、毎日投与して正常睡眠を維持する慢性刺激実験を行い、Aβの蓄積を40%程度抑えられることを明らかにしている。
以上の結果は、少なくともマウスモデルで、Aβ蓄積、睡眠障害、Aβ蓄積促進の相乗サイクルを、正常睡眠を回復することで断ち切れる可能性を示唆している。
最後に人間でこのモデルが適用できるか調べるため、様々なステージのアルツハイマー病の剖検例のTRNを調べ、Fosの発現から推察される神経興奮が、ステージと反比例していること、すなわちステージが進むほどTRNの興奮が低下していることを明らかにしている。
マウスモデルとはいえ、睡眠とアルツハイマー病の生理学として面白く読んだ。是非、同じような効果を示す睡眠導入法が開発されることを期待する。
2021年11月6日
Covid-19についての論文に目を通していても、最近では新鮮な驚きが減って、この分野もアカデミックになってきたなと感じるが、それでもこれまでの常識を疑う素晴らしい研究に出会うことができる。逆に言うと、30Kbと小さなウイルスでも、尽きることがない不思議があり、研究が飽和しているように見えてきたときこそ、新しい発想が必要であることを示唆している。
今日紹介する、昨年クリスパーの開発でノーベル化学賞を受賞したカリフォルニア大学サンフランシスコ校Doudnaさんの研究室、およびカリフォルニア大学バークレー校からの共同研究論文は、新しい発想の研究の重要性を示す典型で、11月4日Scienceにオンライン掲載された。タイトルは「Rapid assessment of SARS-CoV-2 evolved variants using virus-like particles(新型コロナウイルスのウイルス様粒子を用いた変異体の迅速な検定)」だ。
紹介はしなかったが、クリスパーの本家本元として、Doudnaさんは一本鎖DNAを切断するCasシステムを用いて、増幅なしのCovid-19ウイルス検出法を開発して発表している。しかし、今回の論文は、全く違う分野の話で、技術的には特に新しいとはいえない、いわば地道な研究だ。
現在ウイルス感染実験はウイルス自体か、偽ウイルスと呼ばれる他のウイルスシステムを用いた感染実験に頼っており、抗体も全てこの方法でテストされている。一方、Doudnaさんたちは、完全にウイルスゲノムを排除したウイルス粒子だけで、感染実験を可能にする条件解明にチャレンジした。
もちろん感染を定量化する必要があるので、感染量を反映できるルシフェラーゼRNAをウイルス粒子の中に取り込んで、蛍光量で感染を検知しようとしている。言ってみれば、コロナウイルスの粒子をRNAの運び屋として利用する条件設定の研究と言える。
この目的のためには、スパイク、マトリックス、エンベロープと粒子外に存在する分子と、RNAとともに粒子内にパッケージされる核(N)タンパク質が至適な割合で作られ、レポーター遺伝子を含んだウイルス粒子を排出するパッケージ細胞を作成する必要がある。
さらに、レポーターRNAがNタンパク質とともに粒子内にパッケージされるように、コロナウイルスが持っているシグナルRNAを突き止め、Nタンパク質と結合するガイドRNA、感染を定量化するためにレポーターRNA、そしてパッケージのためのシグナルRNAを設計する必要がある。これらの条件を設定するのはおそらく簡単ではない。何度も試行錯誤を繰り返して、最終的に全てを至適化し、レポーター遺伝子の発現でウイルス感染を定量できるシステムを作り上げた、まさに地道な研究だ。
見方を変えると、アデノ随伴ウイルスベクターのようなコロナウイルス粒子遺伝子ベクター系が完成したことになる。
この研究ではこの新しいウイルス粒子+レポーター遺伝子感染実験系を用いて、スパイク変異の影響、スパイクに対する抗体の中和活性、そしてNタンパク質の変異の感染への影響を調べている。
まず驚くのは、この実験系では、α株、β株、δ株特有のスパイク変異が感染の効率に反映しないことだ。もちろんこれまでの研究を否定するものではないが、感染性を全てスパイクの問題にしていたことから考えると、今後は注意が必要だ。一方、スパイク変異の抗体への感受性は良く反映されている。抗体の中和活性を簡単に調べる素晴らしい方法だと思う。
さらに驚くのは、スパイク変異と異なり、粒子内にとどまるNタンパク質の変異は、パッケージ過程の効率上昇を介して感染性を高める効果が大きく、δ株の持つ変異によりなんと10倍以上の感染効率上昇が観察される。この結果を確かめるため、Nタンパク質の変異のみが異なるウイルスを作成して実際の感染実験を行い、感染で50倍の差が見られることを確認している。
以上が結果だが、この研究の重要性を私なりに考えると次のようにまとめられる。
- Doudnaさんが述べているように、構造タンパク質の変異も含めてウイルスの感染性を迅速に調べることができるシステムが完成した。
- このウイルス粒子は凍結融解で安定なため、ウイルス実験が難しい企業などに提供できる、簡単安全な感染実験を可能にした。
- 大きなRNAを運ぶウイルスベクターへの道を開いた。現在のlipid nanoparticleは簡単だが、コストが高い。このパッケージャーを用いて、アデノウイルスワクチン並みのコストで、コロナウイルス感染標的細胞(例えば気道上皮)を狙ったワクチンも可能になるかもしれない。
以上、さすがDoudnaさんと思える、ユニークな研究だと思う。
2021年11月5日
我々団塊の世代は、新しい世代に接するたびに実感するが、遺伝背景にかかわらず、子供時代の栄養状態が、身長に大きな影響を及ぼしている。もちろん疫学的にも、体格とともに、初経の時期など、思春期の始まる時期も栄養と比例していることが知られている。一見当たり前のように思えるこの事実も、しかし説明することは簡単でない。これは、栄養と内分泌系が食欲中枢などを介して、複雑に関係しているからで、これを解きほぐすためには、思春期や子供の成長と密接に関わるマスター分子を特定することが必要になる。
この候補分子が、レプチン・メラノコルチン系で、代謝と視床下部でのホルモンネットワークをつなぐ最も重要な回路と考えられている。今日紹介する英国医学協会代謝疾患ユニットからの論文は、ヒトゲノムデータベースを駆使してメラノコルチン受容体の一つMC3Rが思春期の時期を決める重要な分子であることを特定した重要な研究で、11月3日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「MC3R links nutritional state to childhood growth and the timing of puberty(MC3Rは栄養状態と児童の成長および思春期の時期をつないでいる)」だ。
これまでヒトやマウスの研究からメラノコルチンが、食欲やIGFなどを介して児童の成長に関わることが知られていたが、思春期との関わりは指摘されていなかった。しかし、MC3R遺伝子欠損マウスでは、低栄養により思春期が遅れる人間のケースとの類似が見られることから、このグループはMC3Rが思春期のタイミングに関わる分子ではないかとあたりをつけ、UKバイオバンクの20万人にも及ぶエクソーム解析結果を調べ、0.8%、すなわち十分統計的に調べられる1000人近い人がMC3Rの機能異常変異を持つことを突き止める。
そして、この人たちが身長や座高が低いだけでなく、初経や声変わりなど思春期が4.7ヶ月遅れることを突き止める。そして、試験管内で検出できるそれぞれのMC3R機能異常の程度が、思春期時期の遅れと比例することを示している。
また、試験管内の実験では強い異常がなくても、例えばUKバイオバンク50万人のうち5万人に見られるコモンバリアントでも、思春期の遅れや低身長が統計的に相関することまで確かめている。さらに他のデータベースを調べ、新しい変異の存在を特定し、それぞれの変異が少しづつ異なる形質を示すことを明らかにしている。
これほど大きなデータベースがあると、当然ホモ変異個体を発見することができる。発見された2人のホモ変異では、期待通り思春期は大幅に遅れている。とはいえ、結婚して子供もできているので、性成熟には影響がない。驚くことに、身長が低く痩せ型のヘテロ個体と異なり、ホモ個体は強い肥満が認められる。
最後に、MC3Rを発現する視床下部細胞で調べ、これまで指摘されていたように、性腺刺激を刺激するホルモン分泌神経に発現していることを確認している。
以上、レプチン・メラノコルチンという代謝と脳をつなぐシステムが、MC3Rを介して性腺刺激ホルモンと視床下部で結合することで、思春期の開始と栄養代謝が結合していること、そして栄養が改善すると、体格とともに思春期が早まるという統計学的結果の分子メカニズがよく理解できた。
とはいえ、思春期の遅れない多型の存在など、まだまだ複雑な回路を示唆しており、MC3Rの機能をさらに解析することの重要性もよくわかった。
論文を読み終わって、UKバイオバンクの威力のすごさをつくづく認識した。
2021年11月4日
2日間専門知識の必要な論文が続いたので、今日はわかりやすい論文を選んだ。ジュネーブ大学からの論文で、マウスを室温10度の環境にさらすと、驚くことに実験的自己免疫性脳脊髄炎が劇的に改善するという研究で、11月2日のCell Metabolismに掲載された。タイトルは「Cold exposure protects from neuroinflammation through immunologic reprogramming(低温暴露は免疫をプログラムし直して神経炎症から守る)」だ。
なぜこのような実験に至ったのかはよくわからない。例えば低温地帯で屋外労働に携わると自己免疫病が減ると言った疫学調査があるのかどうか全く知らないが、低温にすることで代謝が低下するので、エネルギーコストの高い免疫反応が低下するのではと着想したようだ。
まず10度の室温で2週間飼育すると、骨髄でのマクロファージの分化やインターフェロン誘導に関わる遺伝子の発現が軒並み低下し、骨髄でのマクロファージの生産数が低下する。さらには、末梢血中から、免疫誘導に必要な組織適合抗原を発現したマクロファージがほとんど消失していることを発見する。
すなわち免疫反応誘導が強く阻害されていることが想定されるので、低温にさらした後自己免疫性脳脊髄炎を実験的に誘導してみると、予想通りほとんどのマウスが病気を発症しない。また、低温にさらす時間を2日に減らしても、病気発症を抑制する効果は十分得られる。逆に、34度という高温で7日間飼育すると、病気が悪化する。
低温にさらされることで、体温を維持するためにアドレナリン作動性の神経刺激が起こり、褐色脂肪組織で熱が合成されるが、この結果エネルギーバランスが免疫反応に供給されないのではと、様々な実験を行っている。残念ながら、明確な代謝の変化が特定されたわけではない。もっと他の理由を考えた方が良さそうに思うが、著者らは代謝変化が免疫抑制につながっていると、少し無理な結論で終わらせている。
最後に、細胞移植で自己免疫を誘導する実験を行い、免疫誘導時期の低温が大事で、自己免疫誘導T細胞を低温暴露マウスに投与すると、低温で維持していても普通に病気が発症することを示している。
結果は以上で、メカニズムについては正直全くわかっていないと言っていい。ただ、実験的自己免疫性脳脊髄炎誘導抑制効果ははっきりしており、メカニズムが明らかになればトランスレーションの可能性もなきにしもあらずだ。ただ、低温暴露というと簡単そうに思うが、臨床的には2日間であっても、簡単な話でないだろう。いろんなことを思いつく人がいるなと言うのが印象だった。
2021年11月3日
昨日紹介したRepair-seqのアイデアには本当に感銘を受けたが、実はこの論文は、この方法を用いてプライム編集と呼ばれる新しい遺伝子編集法を改良したもう一つの論文とセットになっている。ただ、内容はRepair-seqの応用で、改善ポイントもわざわざこの方法を用いなくともわかっていると思ったので、紹介しないでおこうと思っていた。
ところが、全く独学で生命科学を勉強されている知人から、「Repair-seqは、遺伝子治療による遺伝子改変法の改良に役立つと思うがどうか」と聞かれたので、この問いに答える例として、昨日紹介した論文の次に掲載されている論文を、今日続けて紹介することにした。タイトルは「Enhanced prime editing systems by manipulating cellular determinants of editing outcomes(プライム編集システムの効率を編集結果に影響する細胞側の因子を操作することで促進する)」だ。
CRISPRと逆転写酵素を組みあわせたプライム編集が徐々に広がりを見せている。この技術についてはGIZMODOが詳しく解説しているので是非読んでおいてほしい(https://www.gizmodo.jp/2019/11/prime-editing.html) Casによってゲノムに切れ目を入れただけでは、何が起こるかコントロールできないところを、ガイドRNAに結合させた編集後の配列を逆転写酵素で読ませて、編集したい領域の片側のDNA鎖に挿入し、正確な遺伝子編集を可能にする技術だ。
例えばGIZMODOなどでは万能のように書かれているが、実は効率が良くない。これは当然で、編集した方のDNA鎖ともう一方で塩基ミスマッチが起こるため、再度、元の配列に戻ったりと、様々な問題が起こる。そのため、実際にはもう一つのCasを用いて編集されなかった側に切れ目を入れ、強制的に編集側にそろえると言った方法がとられている。
この研究では、このプライム編集系をレトロウイルスに取り込んで、Repair-seqと同じように、正確な編集に及ぼす遺伝子の影響を網羅的に調べている。プライム編集用のガイド配列を作成し直す必要があり、かなりのコストがかかったと思うが、結果はプライム編集過程について想定されていた分子が全てリストされてきた。
まず、DNA鎖をはねのけたり、切れ目を閉じたりする過程に関わる酵素が欠損すると、正確な編集効率が低下する。一方、期待通り、塩基の対応が一致しないときにそこを修復するミスマッチ修復に関わる分子を抑えてやると、効率が2倍に増える。
わざわざRepair-seqを使わなくても、大体想像がつくのにとは思うが、コンセプトを確かめるという意味では、完全に働くことがわかった。今後は、もっと複雑な、組み換え型の編集についても、同じようなテストが可能になるのではないだろうか。とすると、かなり期待できる。
Repair-seqを使った研究はここまでで、編集時のみにミスマッチ修復酵素(MMR)を一時的に抑える分子を開発し、またMMRを抑えるために適した塩基配列の特徴などを詰めていき、最後に逆転写酵素の活性を至適化して(これは大変なプロセスだと思う)、最終的にスーパープライム編集システムに仕上げている。そして、最終的には正確に編集できる効率50%を達成するに至っている。
以上が結果で、昨日の論文を読んだ後では、特に驚くというほどではないが、いずれにせよ膨大な実験を重ねて、新しい遺伝子編集系を論理的に作り上げている。
多くのデータを割愛して紹介したのと、専門外でも頑張って理解するという知人の意気込みにも触れたので、知人が都合のいい11月26日夜8時から、これら2編の論文の解説をYoutubeで配信することにした。Zoomに参加して一言話そうという人は、直接連絡してもらえればzoomアカウントを送ります。
2021年11月2日
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校とプリンストン大学からの論文は、一般の読者にはかなり難解な論文であることを最初に断っておく。というより、私の能力では易しく解説することができない。しかも、内容が膨大すぎて、個々の結果を詳しく説明することも簡単でない。しかし研究内容はトップジャーナルに掲載されている論文の中でも、間違いなくトップクラスで、むちゃくちゃ面白い。この論文を読んで「なんと素晴らしいアイデアか!」と膝を打った。タイトルは「Mapping the genetic landscape of DNA double-strand break repair(DNA二重鎖切断修復の状態の遺伝的原因を特定する)」だ。
DNA切断修復は、放射線などの外界ストレスに対する防御だけでなく、減数分裂時の組み換え、遺伝子再構成など、様々な生命過程に関わっており、関わる分子も多様かつ重複しており、極めて複雑だ。ただ、抗体遺伝子再構成のように、組み変わる場所が絞られている場合はともかく、DNA切断があちこちで起こると、解析が難しい。また、一つの修復過程に数多くの分子が重複して関わるため、個々の遺伝子ノックアウトを組み合わせる研究では、らちが明かない。
これらの問題を一挙に解決したアイデアが、クリスパーを用いて遺伝子ノックアウトと同時に、DNA切断部位も特定できるようにした今回のRepair-seqと呼ぶアイデアだ。まず、この方法について詳しく紹介しよう。
実験系は思いのほか単純だ。レトロウイルスベクターに、これまで二重鎖切断(DBS)修復に関わることが知られている遺伝子をノックアウトするためのガイドRNAを組み込み、その下流にさらにCas9により切断されるためのPAM配列を設置しておくと、ガイドRNAが転写されたとき、ホスト遺伝子だけでなく、ガイドRNAをコードするレトロウイルス自体にも、DNA切断酵素としてのCas9がリクルートされる。このCAS9により、ホスト遺伝子がノックアウトされると同時に、レトロウイルス上のPAM配列上流もカットされることになる。
このDSBは修復できないと細胞は死ぬので、修復された細胞が生き残るが、それぞれの細胞では、DSB修復に関わる遺伝子のどれかがノックアウトされており、どの遺伝子がノックアウトされているのかも、レトロウイルス中のガイドRNAをコードする遺伝子配列から特定できる。
すなわち、ある特定の遺伝子をノックアウトしたとき、修復結果がどうなるかを、ゲノムに飛び込んだレトロウイルス遺伝子の配列の一部を決めるだけで、全てわかるという方法だ。
これまで、DBSがゲノムの様々な場所で起こるため、修復結果を配列として調べるのが難しいという問題を、見事に解決し、特定の遺伝子が欠損すると修復状態がどう変わるかについて、包括的に調べられるようになった。
では何がわかるようになったのか。実際には、修復のされ方は様々なので、切断箇所が修復された後の配列から、起こったプロセスをおおよそ想像することができる。例えば、大きな欠損が入ったり、逆に他の配列が飛び込んだりするためには、特定の修復のされ方が必要になる。
この研究により10種類以上の修復のされ方を配列から分別することができ、この修復のされ方と、それに関わる遺伝子を対応させることで、例えば挿入修復には3種類存在し、それぞれ別の酵素により調節されていることがわかる。また、従来この過程に関わるとされてきたNHE結合に関わる分子群は決して同じようにそれぞれの過程に働くのではなく、過程によって促進的に、あるいは抑制的に働くことがわかる。このようなマップを、他の修復状態についても全て特定することができる。
さらには、一つ一つの過程に関わる酵素について、関わりの強さとともに完全にリストすることができ、このリストを元により詳しい解析が可能になる。
また、細胞周期や発ガン過程などでのDBS修復のインパクトについても、ノックアウトした細胞の細胞周期や遺伝子発現を調べることで、解明することができる。DBS修復の生体機能への重要性を考えると、このリストは素晴らしい。
この研究ではCas9を主にDBSに使っているが、Cas12のような、切り方の異なる酵素を使うことで、同じ系で他の修復に関わるマップも作成できる。
最後に、遺伝子編集の微細な調整に必要な条件についても、例えば修復時に遺伝子配列を挿入させる条件で、成功率とそれに関わる遺伝子リストを作成し、例えば点突然変異誘導のための正確な条件を特定することができる。
以上、様々な可能性を追求した論文なので、データが膨大で読みにくいとは思うが、誰もが利用できるエンサイクロペディアが完成したという印象の、素晴らしい論文だった。是非読んで欲しい。
2021年11月1日
これまで老化した細胞を積極的に除去することで組織の若返りを図るsenolysisに関する論文は、何回も紹介してきた。中でも東大医科研の中西さんたちが発見した、glutaminaseを阻害すると細胞が酸性に傾いてsenolysisが起こるという発見は、特記すべき発見だろう(https://aasj.jp/news/watch/14787)。
しかしこれらの研究は、老化した細胞でも自然にはなかなか除去されないことを示している。ところが今日紹介するメイヨークリニックからの論文は、細胞周期を止めて老化を誘導することで知られたp21が、なんと細胞周期を止めるだけでなく、老化した細胞の周りにマクロファージを集めて免疫的に除去する作用もあることを示した研究で、どうして今まで気づかなかったのかと思うぐらい良くできた話だ。タイトルは「p21 produces a bioactive secretome that places stressed cells under immunosurveillance(p21はストレスを受けた細胞を免疫サーべーランスに回すための分泌分子を誘導する)」で、10月29日号Scienceに掲載された。
このグループは、細胞老化で活性化されるスーパーエンハンサーによる転写調節を研究する過程で、p21がRb1のリン酸化を介して細胞周期抑制に関わる分子だけでなく、免疫系や炎症に関わる転写因子、増殖因子、ケモカインの誘導に関わることを発見する。そして、p21を肝臓で誘導できるようにしたトランスジェニックマウスでは、p21発現場所にマクロファージが遊走することも確かめている。
この現象には、マクロファージの遊走を誘導するケモカインCXCL14が重要で、CXCL14に対する抗体を投与することで、p21へのマクロファージの遊走を止めることができる。ただp21/Rb1はSTATやSMADと言った炎症や免疫の遺伝子発現調節に関わる分子の発現も誘導するため、、マクロファージの遊走を引きつけるだけでなく、p21発現細胞が免疫センサーのテストを受けるよう周りの免疫環境をリプログラムしている。そして、時間が経つとp21誘導が維持される細胞は細胞死に陥る。ただ、この間p21の発現が落ちると免疫センサーから免れることができる。
以上の結果から、p21が発現すると、これまで知られていたようにRb1のリン酸化を通して、転写プログラムが変わり、細胞増殖を止め老化が誘導されるだけでなく、周囲環境をリプログラムして、最初にマクロファージ、次いで免疫細胞をリクルートするための因子を誘導して、老化細胞を除去していることになる。
P21はガン遺伝子Rasの強い活性によるストレスで発現して、発ガンを自然に抑えようとする分子であることも知られている。そこで、最後の仕上げに、マウス肝臓に活性化Rasが発現してp21が誘導される状況で、同じように周囲環境がリプログラムされるか調べ、K-ras活性化された肝細胞がp21を発現すると、周りにマクロファージが惹きつけられること、そしてこの遊走はp21がノックアウトされたマウスでは見られないことを示している。
少し複雑なので詳細は省くが、さらにこった実験を計画して、p21発現時間と、免疫サーべーランスのタイムスケジュールについて検討し、最終的に次のような発ガン時のp21機能についてのシナリオを提案している。
- 発ガン遺伝子によるストレスやp53によりp21が誘導され、細胞増殖を抑える。
- 同時にCXCL14などのマクロファージ遊走因子を発現し、マクロファージを周りにリクルートする。
- STAT,SMAD発現を介する免疫系分子の発現により、マクロファージを活性化する。
- その結果、免疫系の細胞がp21発現細胞局所にリクルートされることで、老化細胞を除去する。
すなわち、p21による細胞除去機構が、発ガン初期の細胞を除去する最初の前線として機能しているという話だ。また、紹介しなかったが、免疫サーベーランス誘導機能はp21特異的で、p16など他の細胞周期抑制因子にはこの作用が全くない。それぞれの細胞周期抑制因子がどう使い分けられているのか、今後の面白い話になるだろう。逆に、p21にこのような炎症誘導作用があるとすると、老化に伴う炎症inflammageingにも関わるのかもしれない。