例えばピーナツを食べた後急にショックが起こるアナフィラキシーショックの分子メカニズムは、一昨年亡くなった石坂先生のIgE の発見を発端に詳しく解析されている。IgEがプラズマ細胞から分泌されると、マスト細胞上のFcε受容体に結合し、維持される。そこに抗原が来ると、IgEが抗原の周りに集合し、これがFcε受容体を刺激、その結果ヒスタミンなど様々なエフェクターが分泌されアナフィラキシー反応を起こす。このようにほとんど解明し尽くされていると思っていても、本当はまだ理解できていない点もある。特に、抗原特異的IgEが存在することがわかっているのに、アナフィラキシーを起こさない人が多くみられるが、上のシナリオでは全く説明できない。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、アナフィラキシーが起こるためにはIgEができるだけでは不十分で、IgEがシアリル化されている必要があることを示した論文で5月28日号Natureに掲載された。タイトルは「Sialylation of immunoglobulin E is a determinant of allergic pathogenicity (IgEのシアリル化はアレルギー反応の決定要因)」だ。
50年近く研究されても、こんなことが明らかになっていなかったのかと思える典型だが、このグループは様々な抗原に対してアレルギー反応を起こしている患者さんのIgEと、血中IgEが存在するのにアレルギーが起こっていない人のIgEを用いて、マスト細胞刺激実験を行い、アレルギー患者さん由来のIgEだけがマスト細胞のエフェクター分泌を刺激できることを確認し、抗原特異的IgE分子自体にFcε受容体を刺激する能力の差があることを明らかにしている。
次にこのIgE分子自体の差が糖鎖の修飾の差にあると仮説を立て、アレルギー誘導能力と糖鎖との相関を調べ、両者で糖鎖の修飾の差が確かにあること、中でもシアリル化にはっきりとした差があることを明らかにする。また、シアリル化修飾はノイラミニダーゼで外すことができるので、アレルギー誘導能力のあるIgEをノイラミニダーゼ処理すると、アレルギー誘導能力が消失する。
以上の結果は、IgEがシアリル化されていることが、抗原結合後のFcε受容体刺激誘導に必須であることを示している。しかし、シアリル化自体は、IgEと抗原の結合、半減期、Fcε受容体との結合には影響がないことも明らかになった。従って、シアリル化がどのように受容体シグナルに影響するのかについての分子メカニズムは、この研究では残念ながら答えが出ていない。
しかし、シアリル化が必要であることは明らかになったので、刺激活性のないIgEを用いてアレルギー反応を抑えられるか実験を行い、抗原特異性を問わず10倍のシアリル化されていないIgEが共存すれば、アレルギー反応が起こらないことを示している。
そして最後に、IgEの抗原結合領域を、糖鎖を切断するノイラミニダーゼに置き換えた分子を設計し、Fcε受容体に集まるIgEから糖鎖を外してアレルギー反応を抑える実験を行い、濃度依存的にアレルギー反応を抑えられることを示している。
結果は以上で、この方法で完全に反応を抑制できるところまで行っていないが、命にも関わるアナフィラキシー制御を可能にする面白い方法が開発されたと思う。しかし、こんなことが今ようやくわかったのかと、驚きの論文だった。