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新型コロナ感染と出産

2020年6月16日
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6月の終わり、短い時間だが妊婦さんたちと対話をすることになった。これまで、妊娠と新型コロナ感染についてはあまり論文を読んだことがなかったので、まずPubMedでCovid-19 & Pregnancyとインプットすると、なんと340もの論文がリストされた。そこで6月に発表された論文に限ってざっと目を通すと、何事についてもまだ結論を出す段階ではないと言える。ただ当然とはいえ、多くの妊婦さんが新型コロナウイルスに感染し、出産されていることはよくわかった。

もちろんしっかりとした統計を待つ必要があるが、日本産科婦人科学会の英文誌に、アイルランド、イスラエル、インドの研究者が発表した総説(5月7日に論文が受理されている)を読むと(上掲論文)、妊婦さんの心配に少しは答えられる次のような結果が示されていた。

  • 妊娠していることで感染リスクが上がる可能性を示す証拠はない。
  • 感染により発生異常が発生した報告はほとんどない。
  • 胎児期および出産時に母親から胎児へ感染が広がる確率は低い。

とは言え、妊娠しているからといって病気の重症化が防げるわけではないので、産科医の側で利用できる治療方法を決めておく必要があるとおもう。

この総説で積極的に推奨しているのは、血栓防止のための低分子量ヘパリンの服用だけで、あとは薬剤の紹介でとどめている。副作用を考えると、当然の結果だ。しかし重症化する患者さんがいる以上、薬剤を用いる治療は重要になる。

個人的意見として聞いてほしいが、これまで様々な治療論文を読んできて、胎児に影響がほとんどないと思えるのが、中和抗体による治療だ。回復した方々からの血清、ガンマグロブリン、そしてモノクローナル中和抗体などが利用可能になると思うが、是非産科学会レベルで、これらの治療法の可能性を優先的に検証して欲しいと思う。

さて、論文を探している時、出産のために入院された妊婦さんの新型コロナ感染率を調べた4編の論文が気になった。

最初はニューヨークコロンビア大学から5月28日The New England Journal of Medicineに掲載された報告で、3月22日から4月4日までに入院した215人の妊婦さん全員にPCR検査をしたところ、驚くことに13.5%の方が無症状だがPCR陽性、1.9%の方はPCR陽性で発症していたことがわかった。

この論文で示されたニューヨークの高い感染率を裏付けているのがAmerican Journal of Obstetricsにオンライン発表された論文で、ニューヨーク大学ロングアイランド校附属病院に3月30日から4月12日までの間に出産のために入院した妊婦さん161人について行ったPCR検査の結果で、なんと32例(19.9%)がPCR陽性、そのうち11例が発症していたという結果だ。

一方、もう少し感染が落ち着いた時期で、しかもボストンになると感染率は低いことがハーバード大学からInfection Control & Hospital Epidemiologyオンライン版に報告された論文からわかる。マサチューセッツ総合病院を始めハーバード大学に属する病院に4月18日に入院していた出産を控えた妊婦さん757人全員にPCR検査を行ったところ、なんらかの症状を訴えたのが139例(18.4%)で、そのうち7.9%がPCR陽性だった。一方無症状の妊婦さんは618例(81.6%)で、そのうちPCR陽性は9例(1.5%)という報告だ。このことから、ニューヨークの感染状況の深刻さがうかがえる。

では我が国ではどうか? 6月4日慶應病院の産科からInternational Journal of Gynecology and Obstetricsオンライン版に発表された、慶應大学病院に入院した患者さんについての報告が参考になる。

この報告によると、4月6日から27日に慶應病院産科に入院した患者さん52人にPCR検査が行われ、2例(3.8%)が無症状だがPCR陽性だったという結果だ。

それぞれの研究で、陽性者は別の病室に移され、出産しているが、これまでのところ新生児への感染や目立った影響は認められていないという結果だ。いずれにせよ、流行期には妊婦さんも同じように感染する。感染が落ち着いた今こそ、妊婦さんが感染し、場合によっては発症した時の対処方法を決めておくことが重要だと思う。

最後に4編の論文を読んで、我が国の未来を背負う子供達が生まれる産院では、当分全員にPCR検査をしたほうがいいのではと個人的には感じた。

6月16日 ゲノム上の大きな変異に基づく人類学(7月3日号 Cell 掲載予定論文)

2020年6月16日
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ゲノム研究が歴史研究であることを私にはっきりと認識させたのは、2014年ロンドン大学の研究グループによって、今生きている人のゲノムを解読するだけでヨーロッパとアジアの交流史が明らかになることを示した論文だ。この中では、なんとジンギスカンの遠征によるモンゴル族のゲノム流入の時期が、ゲノムから正確に推定できることが示されていた。

この衝撃は大きく、今もゲノムについて講義する時この論文を使っているが、6年以上経った今でもインパクトは色褪せない。

これらの研究は、ゲノム研究から明らかになった一塩基多型SNPを用いて、ゲノムの交流を調べているが、形質の変化という点では、欠損、挿入、重複といった大きな構造変異の方がインパクトがある。ただ、これらの変異は、病気を起こすようなまれな変異を除くと、特定するのが難しい。

今日紹介するウェルカムサンガー研究所からの論文は世界様々な地域から得た911人の全ゲノム配列解析を、GRCh38と呼ばれる1000人ゲノムなどを参考に決定されたレファレンスと比較して大きな変異を集め、その分布を調べた研究で7月3日号Cellに掲載予定だ。タイトルは「Population Structure, Stratification, and Introgression of Human Structural Variation (ヒトの構造遺伝変異の人類構成、階層性、そして流入)」だ。

この研究で明らかになった構造変異の7割以上がこれまで発見されていないということで、大きな集団の解析に、このような構造変異を使うことの難しさを示している。何れにせよこの研究では13万近い構造変異を特定することができ、この13万の変異の各人種ごとの分布を調べると、人種ごとに明確な違いがわかる。さらに、欠損変異でを取り出して見ると、例えばアフリカの人種の中でもさらに細かい人種の違いと対応することが明らかになった。

このように人種の分離をゲノム構造変異で行える最大の理由は、このような変異のなかには、レアバリアントではなく、人種によっては多くの構成員に見られるコモンバリアントである点だ。その例として、この研究ではデニソーワ人の遺伝子流入率の多いオセアニアの人種について詳しく調べているが、8割以上の人に見られるような変異も発見されている。

いくつかについては進化との関わりを推察している。面白い例をいくつか紹介すると、例えばヘモグロビンの転写に関わるHBA2遺伝子の欠損は、高地に住むパプア人では全く見つからないが、ほとんど同じパプア人でも低地に住む人たちには8割以上に見られる。おそらくこれはマラリア抵抗性として選択されてきた。

あるいはNGAMと呼ばれるデンプン消化に関わる遺伝子上流の欠損はブラジルのカリチア人の4割に見られ、その食生活に関わる。

最後に、レトロウイルスなどに対する抵抗性を抑える方向で働くSIGLEC5遺伝子が54%の中央アフリカのムブティ族で欠損していることは、免疫が高まる危険をおかしてもウイルス免疫を高める方が良かったことを示唆している。

もちろんこのような変異のなかに、ネアンデルタール人やデニソーワ人由来の変異があることも確かめている。例えばデニソーワ人に認められる16番染色体上の重複変異は、ほとんど全てのオセアニア人に維持されている。またアメリカ現順民の26%に見られるMS4A1のエクソン欠損はネアンデルタール人由来で、なんとB 細胞の重要遺伝子CD20 をコードしている。

他にも種族特異的な遺伝子コピー数の増加など詳しくは説明できないほど、面白い発見に満ちていると言える。すなわち構造変異は形質へのインパクトが高く、それだけ面白い。

以上、民族形成を考える意味で大きな進歩だと思う。さらにこの研究から、レファレンスゲノムもさらに進化する必要が示唆された。これにより、さらに構造変異の発見が容易になり、ゲノムの人類史も面白くなる。

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