南極に残された樺太犬タローとジローの話は、今も私たち世代の心に残る話だが、ソリ犬は何千年もにわたって極地に生きる人類を支えてきた。おそらくスノーモービルなどの普及で、犬ぞりの使用は減ったと思うが、イヌイットなどの生活には今も欠かせないのではないだろうか。このようにソリ犬ゲノムは極地でのソリの牽引に向く様人間により選択されてきた結果を反映している。
今日紹介するデンマーク・コペンハーゲン大学からの論文は、シベリアのZhokhov島から出土した9500年前の遺跡に残るソリ犬と、シベリアから出土した3万年前のオオカミのDNAを解読して、ソリ犬が家畜化された過程を調べた研究で6月27日のScienceに掲載された。タイトルは「Arctic-adapted dogs emerged at the Pleistocene–Holocene transition (極地に適応した犬は更新世から完新世に移る時期に出現した)」だ。
この研究ではまず、9500年前には家畜化されていたと考えられるシベリアのおそらくソリ犬と3万年前のオオカミのゲノムをグリーンランドに現存する10匹の現代ソリ犬のゲノムと比較して、それぞれの関係を比べている。
結果だが、9500年前のソリ犬ゲノムは、現代のソリ犬ゲノムに極めて近く、ソリ犬は9500年より前に、Zhokohov島のソリ犬の先祖を共通の祖先とする一群の系統であることがわかった。また、ゲノムの共通箇所から、更新世ではソリ犬の先祖と狼との交雑が起こっていることも明らかになった。しかし、現代のオオカミとのゲノムの共通性はほとんどなく、家畜化されてから完全にオオカミとは分離して系統維持されてきたことがわかる。また、系統が分岐してからソリ犬と他の犬との交雑はあまり行われていないこともわかった。
最後に他の犬と比べた時に選択された遺伝子をゲノムの中から拾い上げると、他の犬の系統と比べ、デンプンを分解する遺伝子が狼に近い。一方、脂肪代謝にかかわる遺伝子群は極地型を示しており、脂肪成分の高い、デンプンの少ない食事で進化してきたことがわかる。
他にも、血管の緊張性に関わる遺伝子、痛み受容体などの温度感受性に関わる遺伝子、さらには筋肉収縮に関わるカルシウムチャンネルなど、極地のソリ犬特有のゲノムについても明らかにしている。
以上が結果で、動物のゲノム研究としては驚くほどの話ではないが、更新世から完新世の境目で人間が極地でどの様に暮らしてきたのかを考える上では貴重な資料になっている。例えば、極地では狩猟のために長距離の移動が行われたと推定される証拠が多くあるが、これらは犬ゾリという優れた輸送手段に支えられたと思う。実際、高速で回る車輪を開発するより、ソリの開発はずっと容易だっただろう。この様に、人間の歴史を家畜ゲノムから読み解くのも面白い領域だと思う。