タイトルを見ただけで、実験やメッセージ、そしてその重要性が頭に浮かんでくる論文はまちがいなく面白い。今日紹介するスローンケッタリング癌研究所からの論文はまさにそんな例だと思う。
アンチエージングは今最も注目されている分野だが、実際の臨床で最も効果があるのがsenolysis(老化細胞を溶かす)と呼ばれる方法で、死にかけの細胞を積極的に除去して、新陳代謝を高めることで、組織を若々しく保つ方法だ。この方法は、一般の人が考える老化だけでなく、老化メカニズムが関与する様々な病気、例えば肺線維症や腎硬化症の進行を抑えるため、臨床的価値は大きい。
ただsenolysisを誘導する方法は限られており、遺伝子操作か、あるいは癌治療に使われる特異性の低いリン酸化阻害剤で死にかけの細胞を殺す方法しかなかった。実際、リン酸化阻害剤は腎硬化症や肺線維症に用いられ成果を挙げているので、全身性の老化にも効果があると期待できるが、やはり抗ガン剤を続けて服用するということになると、二の足を踏む人が多いのではないだろうか。
研究は6月17日号のNatureに掲載され、タイトル「Senolytic CAR T cells reverse senescence-associated pathologies (senolysisを誘導するCAR-T細胞は老化に関わる病理を正常化する)」だ。
タイトルからわかるようにsenolysisをCAR-Tにやらせようという話だが、CAR-Tについて少し説明しておこう。CAR-Tはキメラ抗原受容体T細胞の訳で、簡単にいうとキラーT細胞の抗原認識システムを遺伝子操作して、相手の抗原を認識する抗体に置き換えた細胞のことを意味している。白血病治療には、我が国でもすでに認可されており、白血病細胞表面上の抗原に対するCAR-Tを用いて、白血病細胞をほぼ完全に除去することが可能になっている。
この研究ではガンのではなく、老化細胞に特異的な細胞表面抗原に反応して老化細胞だけ殺してくれるCAR-Tを開発すれば、抗ガン剤を服用するより安全な抗老化治療ができるのではと着想した。この着想が研究の全てで、全く新しいCAR-Tの未来が開けたのではないかとすら感じる。
着想できれば、あとは細胞種類を問わず老化した細胞だけで細胞表面に発現が見られる抗原を探索し、この研究ではuPAR(ウロキナーゼ型プラスミノーゲン活性因子受容体)を特定している。
次に、uPARに対する抗体を作成、この抗原結合部分を持ったT細胞抗原受容体キメラ遺伝子作成、T細胞に導入し、uPARを発現した細胞を殺すキラーT細胞株を開発している。
あとは試験管内、生体内で正常細胞は殺さず、uPARを発現する細胞だけ殺すことを確認して、老化ガン細胞、肝臓障害後の線維化、非アルコール性肝炎による繊維化などを標的に前臨床研究を行い、繊維化を抑え病気の進行を止めることを明らかにしている。
以上が結果で、まだマウスモデルの段階だが大きな可能性を感じる。癌の周りの繊維化を抑えれば、膵臓癌の治療に使えるし、肝臓だけでなく、肺線維症、腎硬化症、さらには老化により発病が促進する骨髄異形成症候群など、応用範囲は広い。このシステムでは軽度ではあるがサイトカインストームが誘導されている。全身の細胞が老化し始めた高齢者に投与するときは、最初はかなり注意が必要だろう。
いまや新型コロナですらCAR-Tで感染細胞を根こそぎにしようという時代だ。チェックポイント治療と並んでガン免疫治療のシンボルになってきたCAR-Tは、さらにその可能性を広げようとしている。