私たちの視覚は、現実の対象を見たり思い出したりする回路とともに、それを抽象化・言語化して記憶する回路の両方を持っている。例えば絵画などは両方が関与して成立していると言っていいだろう。さらに言葉にすることで、複雑な視覚認識の記憶が促進できるのも、両方が統合されているおかげだ。この全体が統合された表象こそが私たちが「知識」と呼ぶ記憶といえる。
今日紹介する北京師範大学からの論文は生まれつき完全に視力のない人が、色や形を言葉を基盤に認識する際の脳活動を、正常視力の人と比べた研究で、「言葉による視覚」の研究といってもいいだろう。タイトルは「Two Forms of Knowledge Representations in the Human Brain (人間の脳での2種類の知識の表象)」だ。
この目的には、私たちが色と形を思い浮かべた時に活動している脳と、全盲の方が同じ課題を行った時活動している脳の違いと共通性を調べる必要がある。研究では、果物や野菜の名前を聞いた時、その色について赤、黄色、緑、紫の4色のどれかに分類してもらうという課題を使っている。この時、赤と単色について答えてもらうだけでなく、赤と黄色が合わさっている、赤紫、などとその程度も答えてもらっている。
簡単だが素晴らしい課題だと思う。というのは、野菜や果物は触覚や味を通しても認識され、抽象化、言語化された認識と統合されており、より具体的な知識として存在すると考えられる。
結果は驚くべきもので、生まれつき全盲の人も、我々とほとんど同じ知識を持っているということがわかった。例えば、人参はトマトより黄色成分が多いと理解しているし、リンゴは赤と緑が混じって理解している。しかし、知識の多様性は全盲の人の方が大きい。すなわち、実際の視覚により普通は知識の幅が限定されるようにできている。いずれにせよ、言葉を通して色の配合まで頭の中に表象が形成されているのに驚く。
では、このような表象を支える脳内の領域はどこか?
この研究では抽象的な認識に関わる側頭葉前部と前頭前皮質下部に焦点を当ててまず調べて、全盲の人も正常視覚の人も強さの差はあるものの、果物の名前を聞いて色を思い浮かべる時には同じ領域が活動することを確認している。すなわち、抽象的な色彩の知識は、実際の視覚から得る場合も、言葉を通して得る場合も同じ領域に形成されることがわかった。
一方、正常視覚の人に見られる実際の色を感じる脳領域の活動は、当然のことながら全盲の人には全く存在しない。また、安静時の活動の同調性から領域間の結合を調べる検査により、正常視覚の人は視覚依存性の領域が抽象的に色を認識する領域と連合していることも明らかになった。一方、全盲の人ではこの領域が言語に関わる領域と強く結合していることもわかった。
以上が結果で、すなわち、言葉を通した視覚が存在することが明らかになった。
簡単とはいえ全盲の人と正常視覚の人の色の認識を調べるための課題を思いついたのがこの研究のすべてだろう。