ゲノムから種を特定することが可能になり、腸内細菌叢の量や多様性をゲノム解析から測定することが可能になり、免疫や栄養状態と腸内細菌叢の状態との相関についての理解が急速に進んだ。ただこの方法で得られる相関を、生物学的因果性へと転換することは難しい。AIもあるのでそれでいいという考えもあるが、生物学者としては、最後は細菌叢を培養して、因果性を目指す研究を行いたいと思う研究者が出てくるのは当然のことだ。
今日紹介するプリンストン大学からの論文はできるだけそのままの形で腸内細菌叢を培養して、様々な機能解析と、その因果性解析に用いることができるか調べた論文で6月25日号のCellに掲載された。タイトルは「Personalized Mapping of Drug Metabolism by the Human Gut Microbiome (人腸内細菌叢による薬物代謝の個人別のマッピング)」だ。
目的は極めて単純で、「腸内細菌叢をそのまま培養できるか?」だ。ただ、何千種もの細菌が存在し、実際にはバイオフィルムも含めて構造化されている細菌叢を培養することは本当は難しい。従って、この研究ではゲノム解析での多様性を維持できるかどうかに絞って、培養法を開発するところから始めている。
もともと細菌培養とは多数の菌の中から特定の菌を分離培養することを指すが、この研究ではその逆をいっている。一人のボランティアの便を14種類の培地で4日間培養し、質量ともに元の大便に最も近い培地を探している。この結果、我が国で開発された岐阜嫌気性培地が再現率7割と優れていることがわかった。
次はこの方法を用いると、試験管内で因果性についての研究が可能かをテストしている。そのために、細菌叢により経口薬が分解されるという現在問題になっている点について、575種類の薬剤をそれぞれ細菌叢培養に加え、加えた薬剤とそれ由来の代謝物を検出している。結果の詳細は省くが、これまで予想されていた薬剤の変化だけでなく、培養を用いるとこれまで知られなかった分解や代謝が起こることがわかった。すなわち、この様な培養を用いて、投与する薬剤が細菌叢により分解されないかあらかじめ調べることができる。
次に、20人の異なる個体にこの解析を広げられるか調べている。ただ、岐阜培地でうまく行ったからと言って、他の人にも同じ培地が通用するかどうかわからない。そこで、10種類の異なる培地を用いて、比較的平均値に近い培地を探索し、最終的にBryant and Burkey培地70、岐阜培地30を混ぜた培地が最も適していると結論している。実際には、あらゆる可能性が試されない以上、この程度で妥協する必要があるのだろう。
その上で、様々な薬剤の分解について20人の細菌叢を調べている。例えばヒストンアセチル化阻害剤ボリノスタットの分解能は個人ごとに多様だが、強心剤ジゴキシンはほとんどの人が分解できるのに2例の例外があると入った具合で、予想通り、薬剤への細菌叢の影響が大きいことがわかる。
次に、薬剤の分解や代謝に関わる細菌種と分子の特定が問題になるが、これを現在知られているゲノム解析の結果から割り出すのは簡単ではなさそうで、どうしても関連する遺伝子が決まっている薬剤に限られてくる。
この問題を克服するために、この研究ではなんと100万個のバクテリアから発現遺伝子ライブラリーを作り、それを大腸菌に導入してできた機能分子ライブラリーに薬剤を加え、その分解や代謝に関わる分子を特定する可能性について、ステロイドホルモンの分解をモデルに示している。
要するに、できるだけそのまま腸内細菌叢を培養することで、生物学的因果性に関わる研究が可能であることを示そうとした論文だ。もちろん色々問題はあるが、この意気込みと、遺伝子発現スクリーニングまでやった徹底性に脱帽。