今、我が国では、新型コロナについておかしな逆転現象が起きている。前にも批判したが、外出自粛や新しい生活様式といった本来なら政治家や経済学者が研究者のアドバイスをもとに語る内容を、医師や科学者が語り、ワクチンや治療薬についての見通しを首相や知事といった政治家が語っている。
一方ワクチンについては科学者内でも、期待できるとかできないとか議論がSNSで白熱している様だが、科学者として丁寧な説明にはあまりお目にかかったことがない。丁寧な説明ができるかは、開発したワクチンの免疫学的特性をどこまで正確に検証できるかにかかっている。逆に丁寧な説明がないと、とりあえず抗体ができるから、感染機会の多い医療従事者に使って効果を確かめればいいといった乱暴な議論が横行してしまう。
では丁寧な説明は可能か?今日紹介するオックスフォード大学からの肝炎ワクチンに関する論文を例に、これが可能であること、そして我が国のワクチン開発者も、自らの口で効果について丁寧な説明ができる様、十分な検証実験をする様促したい。論文のタイトルは「MHC class II invariant chain–adjuvanted viral vectored vaccines enhances T cell responses in humans (クラスII-MHCのインバリアント鎖を用いたウイルスベクターワクチンはヒトのT細胞反応を促進する)」で、6月17日号のScience Translational Medicineに掲載された。
抗体誘導を目的に開発された様々なワクチンの失敗から、ウイルス感染細胞を除去するT細胞を誘導するワクチンの開発が現在加速している。以前紹介した様に、うまくキラー型のT細胞(CD8T)が誘導できると、一種類のインフルエンザワクチンでほとんどの異なる系統のインフルエンザへの抵抗力ができる(https://aasj.jp/news/watch/12433)。
このT細胞免疫は抗体反応に必要だが、抗体反応とは独立に誘導される。例えばBCG摂取を受けたあと、結核菌に免疫ができているかどうかは決して抗体で検証しない。我が国ではほとんどの人が受けことのある、ツベルクリン反応(結核の抗原PPDに対するT細胞の反応を皮膚反応としてみる)で検証している。
このグループは、ウイルスに対するT細胞の反応を誘導する方法の開発を進めてきた様で、長い研究に基づき、人間にはほとんど自然抗体が見られない猿のアデノウイルスベクターを用い、抗原遺伝子に、細胞内で抗原の処理を高めMHCとの相互作用を高める、インバリアント鎖遺伝子を融合させた抗原をデザインし、T細胞の反応を高めるワクチンをにたどり着いた。
この研究では、このワクチンが期待通りウイルスに対するT細胞反応を誘導できるか、ヒトに接種して調べている。結論的には、ワクチン接種で様々な副反応が起こるが、全て軽度で終わること、抗体はほとんど誘導されないこと、長期にわたる強いCD4TおよびCD8T反応が誘導でき、またワクチン接種後のペプチドに対する2次反応も誘導でき、極めて有望であることを示している。ただ、ワクチンの有効性については有望という一言で済ませて詳細は割愛したい。
その代わりに是非紹介したいのは、ワクチンがT細胞反応を誘導できるかどうか、ヒトで確かめる方法が存在するという点だ。
この研究ではインバリアント鎖を融合させたワクチンと融合させていないワクチンを摂取した時、
- 末梢血にインターフェロンγ陽性細胞が現れ、長期間持続すること、
- 抗原に用いたタンパク質をカバーするペプチドを準備し、プールしたペプチドに対するCD4T、CD8T細胞の反応を調べると、インバリアント鎖を持つワクチンではるかに高いT細胞免疫が誘導されること、
- 一部のボランティアについては、MHCとペプチドの複合体を準備し、これと結合するT細胞の数までカウントし、34週間にわたって末梢血中の抗原特異的T細胞の数を数えることができる(なんとCD8Tでは20%が抗原と結合するレベルまで上昇する)こと、
を示している。すなわち、ワクチンに対するT細胞の反応をヒトで正確に検出できる方法が整っているということだ。
それでも、このワクチンがC型肝炎予防に有効かどうかは実際の臨床実験が必要であることはいうまでもない。
この研究から、我が国のワクチン計画を担う研究者へ以下の様に要望したい。
- インバリアント鎖の効果からわかる様に、免疫誘導を助けるアジュバントの仕組みがワクチンのキモになるが、これについてそれぞれの方法を正確に説明すること、
- 動物実験のみならず、ヒトの接種実験でも、ペプチドプールも含めて上に述べた検出方法を用いて、T細胞免疫誘導性について説明すること。
これは研究者自らが語るべきことで、いくら一般の人に知識がないからといって、政治家やメディアレベルの知識でお茶を濁して臨床応用へ突き進むことは許されない。