これだけ多くの人がCovid-19に感染すると、感染のしやすさ、重症化、様々な症状などについての遺伝子リスクを調べることで、最終的には病気のメカニズムを理解し、治療開発にまで結びつけることが出来る。このHPでもいくつか研究を紹介したが、最も驚いた論文は、Covid-19重症化や、感染抑制に関わるゲノムの一部がネアンデルタール人由来だったという、ドイツのペーボさん達からの論文だろう。このようなGWASと呼ばれるゲノム研究は、一回で終わるわけでは無く、多型と病気のメカニズムの理解に向けた目標に向かって常にアップデートされる。実際、対象となる人数が増えるにつれ、その精度は上昇していく。
昨日、Nature Geneticsのオンライン掲載論文に目を通していたら、なんとこのようなアップデート論文が3編も掲載されていたので、今日はまとめて紹介することにした。
まず最初のライプチヒ・マックスプランク進化人類学研究所からの論文は、ペーボさん達がコロナウイルス感染から我々を守る、ネアンデルタール人由来遺伝子として特定したrs10774671多型が、本当に感染防御に関わるのかを確かめるために行った、ゲノム研究だ。
以前の解析で見つかったrs10774671は、OAS1と呼ばれるポリアデニレース遺伝子とリンクしており、この分子の血中濃度が高いと、重症化率が低いことも確認されていた。しかし、ネアンデルタール人由来の遺伝子断片は75kbに及び、rs10774671が形質を決めていることを完全に証明するには至っていなかった。
そこでこの研究では、ネアンデルタール人の遺伝子が流入していないアフリカ人について調べ直し、rs10774671のG型変異がCovid-19感染リスクを減らす多型に間違いないことを明らかにしている。
次の論文は、ゲノム解析サービスの大手23&Meが、ゲノム解析が終わっている顧客に、ウェッブ上でアンケート調査を行い、Covid-19感染による味覚、嗅覚異常のリスク遺伝子を探索した研究だ。
この論文は、民間ゲノムサービスのパワーを感じさせる論文だが、100万人も顧客を抱えていると、ウェッブで聞くだけでなんと7万人近い感染者を特定でき、またそのうち68%が味覚嗅覚異常を訴えている。嗅覚異常の方が多いという状況でも、相関する多型を特定することが可能で、rs7688383多型と特定することに成功している。しかもこうして特定された多型がリンクしている遺伝子は臭い受容体に結合した脂溶物質を除去することに関わる、まさにドンピシャの分子UGT2Aだった。
結果は以上だが、この研究は、
1)感染ウイルス自体の作用で起こることが明瞭な嗅覚、味覚障害でも、起こりやすさというゲノムリスクが明確に存在する、
2)嗅覚受容体への持続的刺激が、ウイルスによる嗅覚障害を促進する新しい可能性があることを示し、嗅覚障害理解に重要な貢献をしたと思う。今後、神経後遺症などについても、詳しいゲノム解析を期待したい。
そして最後のリジェネロンからの論文は、これまで集まったゲノム解析を調べ直したまさにアップデートのためのメタアナリシスだ。リジェネロンは、最初の抗体薬を発売した会社だが、ゲノム解析も着々と進めている。
この研究の一つの目的は、これまでの研究を新しい目で見直し、感染や重症化リスクを算定するための指標を開発することで、最終的に相関が確認された多型を総合して多型を計算する方法を開発している。ただ、こうして得られるリスク変化は、重症化率で見て1.6倍(オッズ比)程度で、肥満や年齢などの臨床指標によるリスク上昇と比べると寄与率は低い。
もう一つの目的は、対象者の数の制限からこれまで特定できなかった多型を、多くの解析を集めることで新たに特定することで、この結果0.2%-2%の割合で存在する、発症を予防する多型rs190509934の特定に成功している。しかも、この多型は、ウイルス感染に必須のACE2の発現を決める多型で、これもドンピシャだ。
このように、感染のゲノム解析は、今後もアップデートされ、新しい可能性を開いてくれると思う。