今になってふっと小学校時代のことを思い出したりすると、記憶とは不思議だなとつくづく感じる。逆に、割と最近の思い出でも、どちらが先のエピソードだったのか、思い出せないことも増えてきた。このような、エピソード記憶と呼ばれている過程は、動物ではもっぱらオキーフ、モザー夫妻がノーベル賞を受賞した場所細胞を用いて研究されている。ただ、これをそのまま私の記憶と重ね合わせて考えるのは簡単ではない。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、脳内に電極を設置したてんかん患者さんにお願いして、エピソード記憶成立時の脳活動について調べた研究で3月号のNature Neuroscienceに掲載されている。タイトルは「Neurons detect cognitive boundaries to structure episodic memories in humans(神経細胞は人間のエピソード記憶を構造化するための認識境界を検出する)」だ。
この研究では、エピソード記憶として90近いビデオクリップを見てもらって、それを様々な方法で正確に覚えているかどうか調べ、エピソード記憶が成立しているかどうかを測定している。
このビデオクリップだが、一つのストーリーがシーンが変化することなく(例えば海辺の情景がそのまま続く)提示される場合を境界なし(NB)、同じストーリーだが途中でシーンが変わる(海辺からホテルなど)場合がソフト境界(SB),そしてストーリーそのものが変わるハード境界(HB)を提示し、それぞれのシーン自体やその順序の記憶を調べている。
この課題での成績を調べると、ストーリーが変わるHBの前後の順序は、ストーリーがつながっている場合と比べると覚えにくい。これは自分の経験からも十分納得できる結果だ。
さて、この記憶成立過程での脳神経の活動だが、この研究では海馬も含む領域から1000近い細胞をレコーディングして解析している。すると、シーンが変わるときにだけ活動する細胞(境界細胞と読んでいる:BC)が存在し、ストーリが続いていても、異なるストーリーでも、シーンが変わるごとに活動する。
これに加えて、ストーリーが変化するときにだけ活動する出来事細胞と呼んでいる細胞(EC)も存在する。
BCも ECも、決まったストーリーに反応するのではなく、シーンの変化時、出来事の変化時に興奮する。そして、ECはBCの興奮の後100msで興奮することを明らかにしている。そして、BCとECの興奮が高いほど記憶がしっかりしている。
以上、BCとECを特定したことがこの研究のハイライトだ。後は様々なシーンに対して反応し、記憶の呼び起こしの時にまた反応する細胞などとの関係を調べているが、詳細は省く。
要するに、私たちはシーンの変わり目をBCや ECで境界づけることで、それぞれのシーンを一画面として圧縮して記憶している。しかも、BCとECの異なる細胞の興奮が100msの間隔で起こることで、シーンの変わり目を、さらに同じ出来事なのか、異なる出来事などかの区別を行っている。そして、BC、ECの興奮は、記憶を呼び起こすときの時間順序のマーカーになっている、という結論になる。
繰り返すと、境界細胞と出来事細胞は、エピソード記憶成立時に、それぞれのシーンを構造化し、次に思い起こすときの時間順序の標識を与えてくれるという結果だ。
今後自分の体験を、この論文に当てはめて常に検証していこうと思う。しかし、留置電極でしか調べられらないのは残念だ。頭蓋の外からわかるようになれば、いつでも試してみたい。