今回のコロナパンデミックでコロナウイルスを勉強して、ウイルスがホストの防御をかいくぐるための巧妙な仕掛けを何種類も進化させていることを学んだが(https://www.youtube.com/watch?v=bIbpe0FDPZM)、知れば知るほどダーウィン進化の壮大さを実感する。
これはウイルスに限った話ではない。今日紹介するフランス・パッストゥール研究所からの論文は細胞内寄生菌として知られるリステリア菌がホストの防御を無力化して脳に到達するメカニズムを明らかにした研究で3月16日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Bacterial inhibition of Fas-mediated killing promotes neuroinvasion and persistence(バクテリアによるFas依存性細胞障害抑制が脳への侵入と維持を抑制する)」だ。
リステリア菌が細胞内寄生菌で、自然免疫の研究に使われてきたことは知っていたが、この論文を読むまで、リステリア菌の中に脳へ侵入する極めて毒性の高い株が存在するとは全く知らなかった。この研究では、強毒株と弱毒株を比較して、強毒株だけがマクロファージに乗って脳内に侵入するメカニズムを探っている。
基本的にはマクロファージにまず感染するので、問題はマクロファージをどのように効率良い運搬船として使って、最終的に脳実質に到達するのかのメカニズムの解明が目的になる。そこで、まず脳内への侵入が、活性化されたマクロファージに依存していること、そしてマクロファージから脳への移行には、血管内皮と接着したマクロファージのアクチンを調節することで、血管内皮、そして最後には脳実質へ移動することを確認している(これらの点については、すでにリステリアの上非侵入に関わるインターナリンA(InlA)が関わることが知られていた)。
この研究では、脳内感染の効率に関わるもう一つのインターナリン遺伝子、InlBの機能について焦点を当てて様々な実験を行なって、以下の結論を得ている。
1)InlBは神経への侵入に必須である。弱毒株も含めてほぼ全ての株でInlBの発現が見られるが、脳への侵入できる株では、その発現が高い。
2)InlBはこれまで、マクロファージから他の細胞への移行に必要とされていたが、この過程にはほとんど寄与しない。
3)InlBの発現が高いと、感染細胞を殺すキラーT細胞から防がれる。
4)この防御は、InlBはHGFの受容体c-Metを活性化し、カスパーゼ8の阻害分子FLIPを活性化させる。
5)その結果、CD8キラーによるFasを介した細胞死が防がれる。
以上が結果で、思いも掛けないメカニズムを用いて、キラーによるFasを介した細胞死誘導を抑えることで、自分の乗る船マクロファージをステルス化し、最終的に脳血管にたどり着くと言うシナリオが示されている。
HGF-c-Met経路がFas経路を抑制できることはよく知られた事実だが、これを利用してマクロファージに安全に自分を運ばせるとは、本当に驚く。この驚きが、感染症研究の面白さでもあることを最近しみじみ感じている。