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3月29日 最近報告された気になるCovid-19 論文

2022年3月29日
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読んだあと、論文ウォッチで紹介するのはスキップという論文の中で、それでも気になる最近のCovid-19関係の論文をまとめて紹介しておく。

  • オミクロンBA.2に使えるmAb

我が国でもオミクロン株の中でも、BA2と呼ばれる新しい株の感染が増えてきているようだが、パリ大学が3月23日Nature Medicineにオンライン発表した論文(上図)は、現在臨床に使われている9種類のモノクローナル抗体薬の、オミクロンBA1、BA2に対する効果を調べたタイムリーな研究だ。

現在我が国でオミクロンに対するスタンダードになっているソトロビマブはBA1には効果があるが、驚くことにBA2には全く効果がない。逆に、オミクロンには効かないとされていたアストラゼネカ社のCilgavimabはデルタ株に対するのと同等の効果を示す。

 これまで個人的には、ソトロビマブで決まりかと思っていたが、どっこいそうはいかなかった。今後、いくつかの抗体を用意して、新しい株に対してはその都度効果がある抗体を探すことが必要になる。実際、オミクロンには効果がないとされたリジェネロンのImdevimabは一定程度の効果が期待できる。厚労省はこのような状況に対応できるだろうか。

  • 新しいレムデシビル投与法

抗体治療がダメでも幸い、モルヌピラビル、パクスロビドなど、SARS-CoV2(CoV2)の活動を抑える薬剤が開発され、我が国からもシオノギのS217622が承認申請中で、抗体薬以外の治療法が確立してきている。これをうまく使っていくためには、インフルエンザ並みに患者さんが開業医さんに直接受診できるようにする必要があると思う。

当然多くの会社が同じ方向に動いているが、Covid-19の抗ウイルス薬として実績のあるレムデシビルも、中等症の患者だけでなく、家庭でも利用できる方法の開発へ舵を切っている。

一つの方向は、レムデシビルをそのまま吸入する治療法で、薬剤を開発したLovelaceとGilead Scienceはサルを用いた感染実験で、レムデシビル吸入薬の方が、静脈注射より十分の一の濃度で気道や肺のウイルス量を抑える効果があることを示している。(2月23日号Science Translational Research:上図)

レムデシビルを初期治療に使えるようにするもう一つの方向が、経口摂取可能なように分子構造を修飾する方法だ。ノースカロライナ大学とGilead Scienceのグループが、3月22日号Science Translational ResearchにGS-621763という化合物が、マウスの感染実験で有効であることを示している。

結果を一言で表すと、マウスの感染モデルでは、モルヌピラビルより高い効果を示すと言える。ただ、マウス段階なので、臨床応用にはまだ時間がかかるように感じる。しかし、Gilead Science もなんとか初期治療に割って入ろうと力を入れているのがわかる。

レムデシビルもモルヌピラビルも、コロナウイルス以外にも利用できるので、Covid-19に間に合わなくても十分勝算はあるのだろう。

  • TMPRSS2阻害ペプチドの吸入治療

Covid-19感染がパンデミックになり始めた2020年2月に、ドイツ・ゲッティンゲンのドイツ類人猿研究所のグループがCoV2感染時のウイルス膜とホスト細胞の融合にTMPRSS2と呼ばれるセリンプロテアーゼが必要で、我が国で開発されたカモスタットが感染を抑えることをCellに発表した(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/12537)。残念ながらその後の治験で、カモスタットが感染者の治療には有効性なしと結論されたが、TMPRSS2阻害分子の吸入であれば効果が見られるのではと考え、新しいペプチド阻害剤を開発した論文がカナダ・ブリティッシュコロンビア大学などから3月28日Nature にオンライン発表された。

TMPRSS2の機能をナノモルレベルで阻害し、試験管内でカモスタットより効果が高い3つのアミノ酸がつながった分子を開発し、マウスの感染実験系で、感染1日前から鼻腔に投与すると、肺炎の発症を強く抑制できることを示している。しかし、感染後の投与では12時間後の投与で、効果が低下するので、一般臨床で使えるかどうかは疑問がある。ひょっとしたらカモスタットでも、予防的吸入であれば効果があるかもしれない。

  • 強い光で肺炎の重症化を防げる?(付録)

最後はCovid-19に関する論文ではないが、ひょっとしたら治療に利用可能かもしれないというコロラド大学が3月10日American Journal of Physiology にオンライン発表した論文だ。

まず全てマウスの実験であることを断っておく。この研究ではマウスを強い光が当たる部屋で1週間飼育すると、肺の2型上皮細胞で時計遺伝子の一つPer2の発現を誘導することができ、この転写因子が緑膿菌感染とそれによる肺炎を抑えることができることを示している。これがウイルス感染症に当てはまるかはわからないが、まずマウスCovid-19感染モデルで確かめてほしい。

3月29日 脳血管関門の新しいメカニズム(3月15日 Neuron オンライン掲載論文)

2022年3月29日
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脳の環境を厳密にコントロールするため、脳血管関門(BBB)が存在するてめ、脳内への薬剤などの移行がブロックされていることは広く知られている。基本的には、血管内皮間のジャンクションを高め、トランスサイトーシスなど細胞自体を通る輸送経路を抑えることでBBBが維持されていると考えられるが、そのためのメカニズムはまだまだわからないことが多い。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、これまであまり注目してこなかった血管周囲細胞が分泌するビトロネクチンがトランスサイトーシスを調節してBBB維持に寄与していると言う論文で3月15日Neuronにオンライン掲載された。タイトルは「Pericyte-to-endothelial cell signaling via vitronectin-integrin regulates blood-CNS barrier(ペリサイトから内皮へのビトロネクチン/インテグリンシグナルが血液中枢神経系のバリアーを調節する)」だ。

この研究では網膜の血管周囲細胞(ペリサイト)にビトロネクチンが強く発現していることに気付き、この意味を調べるためノックアウトマウスを用いて血管の透過性を調べたところから始まっている。

ビトロネクチンというと、身体中を満たしていると思っているので、このような局所の役割があるということ自体が不思議だ。しかし、ビトロネクチンノックアウトされたマウスでは、網膜血管および脳血管で、ペルオキシダーゼのような大きな分子が漏れ出ていることが観察される。すなわち、BBBに重要な働きをしている。

面白いことに、siRNAを用いて肝臓でのビトロネクチン産生をノックアウトしてもBBBはびくともしないことから、脳血管局所でペリサイトと内皮細胞間のビトロネクチンを介する相互作用の破綻が、BBBの破綻につながっていると考えられる。

事実、ビトロネクチンのインテグリン受容体結合部位を突然変異させると、BBBが破綻する。また、試験管内の実験でこの過程にはビトロネクチンの受容体α5インテグリンが関わることも確かめている。

残るは、ビトロネクチンとインテグリンによりBBBが維持されるメカニズムだが、血管内皮同士のジャンクションや、ペリサイトとの接着などはノックアウトマウスでも全く障害されていない。一方、細胞質内に分子を取り込むエンドサイトーシスによって生じる細胞質内の小胞の数が上昇しているのが観察される。また、試験管内の実験で、ビトロネクチンシグナルが抑えられると、エンドサイトーシスが高まることが明らかになった。逆に正常状態を考えると、ペリサイトにより分泌されるビトロネクチンが内皮のインテグリンと結合することで、エンドサイトーシスが抑えられることで、BBBが維持されることになる。

結果は以上で、エンドサイトーシスがビトロネクチンシグナルで抑えられるシグナルメカニズムなど残された課題は多い。内皮細胞をストローマ細胞上で培養していた個人的経験から言うと、ビトロネクチンなどにより細胞膜の運動が安定化する。これはジャンクションの維持に重要と思っていたが、もちろん安定化させてエンドサイトーシスを抑えることもできるのだろう。

使われた網膜血管や血管内皮など、個人的には懐かしい思いで論文を読んだ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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