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京都大学野生動物センター・熊本サンクチュアリーの寄付活動に応援メッセージを寄せました。まだ募集中なので、是非皆様もご寄付お願いします。

2022年3月8日
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寄せた文章は以下のサイトでご覧になれます。

https://readyfor.jp/projects/ks_kyoto-u/announcements/206571

ここにも書いた文章をそのまま再掲しておきます。

21世紀の科学から熊本サンクチュアリーを思う

熊本大学・三浦恭子さんからのFBで京大野生動物研究センター・熊本サンクチュアリーで、動物の飼育条件を維持するための寄付を集められていることを知りました。幸い目標は達成され、多くの皆様の温かい言葉が寄せられて本当に良かったと胸をなで下ろしており、私や妻も寄付者の一人に加われたことは本当に光栄に思っています。しかし、半生を生命科学に関わった私から見た時、皆様の寄付は、サンクチュアリー維持にとどまらず、21世紀の新しい科学への投資の意味を持つと思って、寄付を機会に文章を寄せることにしました。

わたしが熊本サンクチュアリーのことを知ったのは、2016年10月で、熊本サンクチュアリーの平田先生、狩野先生が、ドイツライプチヒマックスプランク研究所のトマセロさん達と一緒にScienceに発表された論文を読んだ時です。

この論文は、Theory of Mind として知られている能力、わかりやすくいうと「他人は決して心のないゾンビではなく、自分と同じ心を持っている」と理解する能力を、チンパンジーやボノボが持っていることを証明した素晴らしい研究でした。日本の科学力が問題にされ始めた時でしたから、このような重要な貢献が我が国から生まれたことは本当に誇りに思いました。

日本でこのような話題は、あまり一般では議論されませんが、例えば米国では、人気哲学者(ジョン・サールやダニエル・デネットなど)の本を読むと、人間の心や脳を理解するために最も重要な能力として議論されています。さらに、自閉症の子供ではTheory of Mind 能力の発達が遅れることも知られており、臨床的にも重要な概念なのです。

かくいう私ですが、以前京都大学医学部、分子遺伝学の教授をしていましたが、脳研究に関しては全く素人です。ただ、公職を退いてから、21世紀の科学はどのように進んでいくのだろうと、分野を問わず論文や本を読みながら思いを馳せています。この作業については、私たちが運営するNPO、オール・アバウト・サイエンス・ジャパンのHPに逐一報告していますので(www.aasj.jp)是非ご覧ください。

そしてこの作業を通して、これまで科学があまり出る幕のなかった心の問題が、21世紀の大きなテーマとして、研究が始まっていることを実感しています。例えば、エモリー大学のドゥ・ヴァールさんが書かれた”The Bonobo and the Atheism”(ボノボと無神論)という本は、道徳という人間にとって最も重要な問題を、宗教ではなく、科学の立場から迫ろうとする意気込みが伝わってきます。わざわざ「無神論:Atheism」という単語がタイトルに使われているのも、この意気込みの表れだと思います。

もちろん21世紀の研究は行動観察だけにとどまりません。世界では、山中さんのiPS技術を使って全ての類人猿のiPSが作成され、脳の構築や機能を人間と比べることができるようになっています。そして、類人猿に止まらず、多くの哺乳類の遺伝情報は完全に解明されています。

ただ、このような試験管内での研究と比べると、これらの過程が統合された行動を調べるための研究施設の維持が最も大変です。その意味で、サンクチュアリーは、世界の「心」の研究を担うためには最も大事な施設の一つだと思っています。

今後も皆さんと一緒に、この施設を支援したいという気持ちで、この文章もサンクチュアリーのスタッフの皆様に捧げたいと思います。

カテゴリ:活動記録

3月8日 ACE阻害剤は血圧を下げるだけで無く幸せな気分にしてくれる(2月24日 Science オンライン掲載論文)

2022年3月8日
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アンギオテンシン変換酵素(ACE)は、アンギオテンシン(AT)Iを分解してATIIに変換し、血管の緊張性を上げ血圧を維持する機能を持っている。このATIIをさらに変換して、今度は血管をリラックスさせる作用を持つのがACE2で、今回のパンデミックでもっとポピュラーになった生体分子だろう。

このACEと血圧調節については、臨床でも揺るぐことのない事実で、今も多くの人が(私もだが)、ACE阻害剤や、ATIIが結合する受容体の阻害剤を高血圧治療として服用している。既に長期間のデータがあり、効果とともに安全性の高い薬剤と言えるのは、血圧のサーキット以外にACEが働いていないからだと思っていた。

ところが今日紹介するミネソタ大学からの論文は、なんとACE阻害剤が脳内麻薬として知られるエンケファリンを切断して、脳の報償系に作用しており、ACE阻害剤が報償回路に影響する可能性を示した驚くべき結果で、2月24日Scienceにオンライン掲載された。タイトルは「Angiotensin-converting enzyme gates brain circuit–specific plasticity via an endogenous opioid(アンギオテンシン変換酵素は脳内麻薬物質を介して脳の回路特異的可塑性の閾値を決める)」だ。

前脳に存在する側座核は基本的に抑制ニューロンからなるが、ドーパミン受容体を発現しており、ドーパミン報償回路の核となっていることが知られている。この研究では、ACEが側座核神経の中のドーパミン受容体1(D1R)を発現している神経に特異的に発現していることに着目し、この機能を調べる目的で、降圧剤として利用されているカプトプリルを脳スライスに転化すると、D1R発現細胞のみで、神経興奮が長期に抑制できることを観察した。すなわち、ACEが機能している。

この機能がATIからATIIへの変換ではないことを確認した上で、ACEが分解するペプチドを探索すると、脳内麻薬物質として知られるエンケファリンの一つ、MERFを切断する作用を持つことを発見する。さらに、D2Rを発現する側座核神経でこのMERFを強く発現していることも明らかにしている。

機能的実験から、カプトリルで処理するとMERFの切断が抑制されるため、細胞外のMERF濃度が上昇すること、ACEが抑制されるとMERFの刺激閾値が低下し、D1Rを発現する側座核神経の興奮が抑制されることが明らかになった。すなわち、ACE阻害は側座核での脳内麻薬物質を高め、D1R発現抑制ニューロンの興奮を抑えることが明らかになった。

最後に個体内でD1R発現細胞の興奮抑制効果を調べる目的でカプトリルの全身投与の脳機能への効果を調べると、

1)合成麻薬フェンタニルのうつ誘導作用効果が強く抑制される、

2)カプトリル自体は大きな行動変化を誘導することはない、

3)しかし社会性の上昇が見られ、μオピオイド報償回路の刺激が高まっている、

ことなどを明らかにしている。

以上、個体レベルでもACE阻害剤により、一見脳内麻薬が高まっている状態が生まれていることが示された。これを副作用というのか、うれしい効果というのかは人それぞれだろう。実際、うつ病の方がACE阻害剤を服用して、良くなったという報告はあるようだ。おそらく我々高齢者にとっては、良い効果の方が多いかもしれない。今はAT受容体阻害剤を服用しているので、次からACE阻害剤に変えてもいいなと思い出した。

カテゴリ:論文ウォッチ
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