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3月10日 自閉症を誘発する環境要因(2月25日 Neuron オンライン掲載論文)

2022年3月10日
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実験動物を用いた自閉症スペクトラム(ASD)研究の主流は、遺伝子変異を行動変異と結びつけることに絞られてしまう。このため、ASDに関わる遺伝背景、及びそれによる脳ネットワークの“違い”に焦点が当たる。しかし、ASD発症に様々な環境要因が関わることも間違いなく、例えば腸内細菌叢によりASD症状が変化することなどはその例と言える。

今日紹介するスイスバーゼルにあるミーシャー研究所からの論文は、この問題をShank3遺伝子が欠損したASDモデルマウスを用いて調べ、ASD行動の発生には、新しい経験についての記憶成立時の違いが大きく関わることを示した面白い研究で4月25日Neuronにオンライン掲載された。タイトルは「Absence of familiarity triggers hallmarks of autism in mouse model through aberrant tail-of-striatum and prelimbic cortex signaling(馴染みの環境が存在しないと線条体の尾部と前辺縁皮質シグナル異常を介して自閉症の典型症状がマウスで誘導される)」だ。

遺伝背景を調べる場合、行動の違いに注目すればいいのだが、環境要因を調べたい場合、まず遺伝的背景が異なっていても、行動は同じという状況を探す必要がある。

この研究では自閉症モデルとして使われているShank3 KO(SHK)マウスが、新しいコンテクスト(環境が変われば、物体でも、個体でも、臭いでも何でも言い)にさらされたときの行動は、正常マウスと全く変化がないことを発見する。ところが、1日ホームケージに戻した後、同じコンテクストにさらすと、今度は新しいコンテクストに全く反応しないことを発見する。

すなわち、ASDでは最初から新しいコンテクストに反応しないのではなく、一度経験した後で、その記憶が行動を規制していることを発見する。実際、最初に経験したコンテクストとは全く関係がないコンテクストに対しては、正常に反応する。

さらに、2回目に経験で反応が抑制されるとき、繰り返し行動などのASD独特の症状も発生することもわかった。

次にこの2回目の経験が行動を抑制するメカニズムを探ったところ、SHKマウスでは最初に新しい経験をした後で、前辺縁皮質から線条体尾部に至る投射経路がSHKのみで興奮し、ドーパミンが線条体尾部で分泌されることで、この経験の記憶を避ける行動が発生することを、様々な実験を組みあわせて証明している。

実際、ドーパミン阻害剤で、この行動変化は治るし、前辺縁皮質からの回路を遮断しても、同じように症状は改善する。逆に、正常マウスでも最初の経験の後前辺縁皮質の回路を興奮させると自閉症様の症状が発生する。

最後に、では新しいコンテクストとは何かを詳しく調べ、日常に経験しているものが共存していると、新しいコンテクストの刺激が弱まり、2回目に経験したときもそれを避ける行動が消失することを示している。

さらに、新しいコンテクストの中に、様々な物体や個体が存在して、感覚が集中しない場合も、2回目の経験に対する行動が正常化することを示している。

以上をまとめると、SHKでは、新しいコンテクストを経験したとき、前辺縁皮質から線条体への刺激が入る回路が形成されてしまっているため、次に同じ経験したときそれを避けようと行動することになる。すなわち、避けようとするネガティブな記憶が成立してしまう。しかし、この新しいコンテクストの中に、馴染みの個体や個体、マウスの場合床敷きの臭いでも存在すると、この回路の刺激が弱まり、ASD症状を改善できるという結果だ。

これが全て人間に当てはまるかはわからないが、新しい経験をするとき、何かいつも一緒に遊んでいる人形などの環境を持ち込んでやれば、ASD症状が改善することになる。是非発展して欲しい研究方向だと思う。

朝の短い時間では書き切れないこともあるので、この論文は自閉症の科学として、もう少し詳しく解説する。

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