TCAサイクルはあらゆる生物で、エネルギー代謝と物質代謝のハブになっていることは高校で習う。しかし、それぞれの生物を調べていくと、このハブは極めて融通無碍にできていて、この可塑性が様々な環境下での細胞の生存を保証していることがわかる。
今日紹介する米国、NYのSloan Ketteringガン研究所からの論文は、このTCAサイクルは必ずしもミトコンドリア内に限定されるのではなく、細胞質も巻き込んだ非標準的TCAサイクルが存在し、幹細胞の状態に応じてスイッチしていることを示した研究で3月9日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A non-canonical tricarboxylic acid cycle underlies cellular identity(非標準的TCAサイクルが細胞の特性を決める)」だ。
この研究ではCRISPRを用いたノックアウトスクリーニングで、細胞の基本機能を網羅的に調べるDepMapプロジェクトのデータを検討する中で、クエン酸がまたマレイン酸を経てクエン酸に戻るTCAサイクルを、一般的に認められているミトコンドリア内での、クエン酸ーαケトグルタル酸ーコハク酸ーフマル酸ーマレイン酸ーオキザロ酢酸ークエン酸に戻る回路と、クエン酸が一度細胞質に出て、オキザロ酢酸ーマレイン酸と進み、またミトコンドリア内に入った後、オキザロ酢酸ークエン酸と回路を完成させる非標準的回路が存在し、それぞれの細胞が様々な程度に両方の回路を利用していることを発見する。
それぞれの回路は、基本的に標準的回路で利用されるピルビン酸の量で決定されること、そしてこの回路を、鍵となる酵素アコニターゼ(ACO)および、ATPクエン酸シンターゼ(ACL)の阻害剤で調節できることを示している。
こうして、それぞれの回路を定義し、調節できるようにした上で、それぞれがどのように使われているのかを、様々な細胞で検討しているが、ES細胞分化についてのみ紹介する。
まず血清とLIFで維持しているES細胞について調べ、標準的なTCAサイクルとともに、非標準的なTCAサイクルが同等に働いていること、そしてその増殖のためにクエン酸やマレイン酸を細胞質とミトコンドリアの間でやりとりするためのトランスポーターが必要であることを示している。
面白いのは、Austin Smithらによって定義されたground stateでは、標準的TCAサイクルが優性的に働いている一方、分化を誘導すると非標準的TCAサイクルが優勢になる点だ。実際、非標準的TCAサイクルに必要なACLをブロックすると、幹細胞維持に必要なLIFや2種類の阻害剤を除いても、Nanog、Esrrbなどの多能性維持遺伝子を発現したままになる。すなわち、分化が誘導できない。一方、ACOをブロックするとground stateのES細胞の増殖は低下する。
以上が結果で、クエン酸とマレイン酸が細胞質とミトコンドリアの間をシャトルすることを示すことで、TCAサイクルの可塑性がうまれ、そしてそれにより、より様々な状況に細胞が適応して、エネルギーと物質代謝を維持できることを示した重要な貢献だと思う。また、ガン研究でも、両方のTCAサイクルの使われ方について、詳しく見ることは、治療戦略上重要になると思う。
この論文を読むと、細胞の分化は必ずしも転写だけで決まるのではなく、代謝と転写が不可分に統一されたメカニズムを常に頭に置く必要があると思った。