母親から見たとき、胎児は父親の抗原を発現している異物と考えられるので、なぜ拒否反応が起こらないのかについて、古くから研究が行われてきた。確かめたわけではないが、私自身は細胞表面のMHCの違いさえ処理できれば、基本的には合成されるタンパク質は同じなので、拒絶は起こらないと考えてきた。事実、メージャーなクラスI、クラスII抗原はトロフォブラストには発現していないので、十分許容できる。とはいえ、もっと積極的な免疫寛容機構が無いと危ないのではと考える人も多く、研究が続いている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、わざわざ鶏の卵白アルブミン(OA)をトロフォブラストに発現させ、またOAに反応するT細胞抗原受容体を発現しているT細胞を用いる極めて人為的な系を用いて、OAがどのように母親の免疫系に受容されるのかを調べた研究で、3月2日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Establishment of fetomaternal tolerance through glycan-mediated B cell suppression(胎児母胎トレランスをグリカンを介するB細胞抑制により確立する)」だ。
あまりこの話題をフォローしてこなかったが、OVAを胎児側の細胞膜に発現させ、さらにアジュバントを注射しても、母親のキラー活性は誘導されないことがわかっていたようだ。
この研究では、この免疫寛容のメカニズムを探るため、膜型にしたOVAがトロフォブラストに発現するようにしたトランスジェニックマウスを用い、より母親に近いところで抗原が母親に入る仕組みを作っている。また、膜型OVAはゴルジERを通って様々な修飾を受ける。実際、トロフォブラストから排出されるOAは糖鎖修飾を受けていることが確認される。
さらにこの研究では、ClassIとOAに反応するTcRトランスジェニックT細胞(OT-1)とClass II・OA反応TcRを持つトランスジェニックT細胞(OT-II)を注入して、OAに対する反応を追跡できるようにした徹底的に人工的な系をくみ上げている。
結果だが、注入したOT-IIは母親へ進入してきたOAに反応して確かに増殖はするが、炎症性サイトカインを分泌するまで分化しない。一方、最初期待された抑制性T細胞関与の可能性はほぼ排除できた。面白いのは、膜型ではないOAに対しては、OT-IIは反応する。すなわち、膜型として修飾を受けたOAに対してのみOT-IIのトレランスが出来ている。
一方、キラー細胞を反映するOT-IはどちらのOAに対しても反応しない(このメカニズムはこの研究では追求されていない)。
では、なぜ修飾されたOAだけにトレランスが成立するのか?詳細を省いてまとめると次のようになる。
グリカン修飾を受け血中に流れ出たOAはまずB細胞と結合し、リンパ節に移行、そこでCD4T細胞に抗原提示を行う。このような抗原に対しては、樹状細胞が全く関与しないことも示している。すなわち、トロフォブラストからの抗原に対してはB細胞が抗原提示細胞の役割を演じている。この時B細胞の抗原受容体はOAにより刺激されるが、OA上のグリカンがB細胞上のシアリル酸受容体の一つCD22と結合することで、Lynによる抑制性シグナルを誘導して、B細胞トレランスが成立するため、活性化されない。
活性化を受けないB細胞がCD4T細胞へ抗原提示すると、CD4T細胞は様々な共シグナルを受けることが出来ず、最終的にトレランスになる。
以上が結論で、少し人為的過ぎるなという感じもするが、後は古典的な免疫トレランスに近い概念が示されているように感じた。しかし、CD8も含め、まだまだこの分野は奥が深そうだ。