少し専門的な話になるが、細胞外のシグナル分子に反応する受容体の中に、G蛋白共役受容体(GPCR)と呼ばれる大きな一群があり、神経伝達やホルモン、さらには炎症反応など重要な役割を演じている。人間にはなんと800種類のGPCRが存在するのだが、結合する細胞外分子は多様でも、細胞内のシグナルはGPCRと共役している分子に応じて、大体3−4種類のシグナル経路に整理できる。その中で最も重要なのが、アデニルシクラーゼ活性化によりcAMPを合成し、細胞質内のシグナルを活性化する経路だ。
すなわち、これだけ単純な細胞内シグナル経路で、多様な細胞外からの刺激をどのように区別できるのかという問題は、これまでも何度も議論されてきた。
今日紹介するベルリンにあるマックス・デルブリュックセンターからの論文は、GPCR部位で合成されたcAMPは、決して細胞質を自由に拡散するのではなく、一定の領域に限定されることで、異なるGPCRが同じ細胞で発現していても、特異的なシグナルを発生できることを示した面白い研究で、3月31日号のCellに掲載された。タイトルは「Receptor-associated independent cAMP nanodomains mediate spatiotemporal specificity of GPCR signaling(受容体にリンクしたcAMPのナノドメインがGPCRシグナルの空間時間的特異性を媒介している)」だ。
要するにこの研究の目的は、受容体とリガンドが結合したとき、直下で合成されるcAMPの合成と移動をリアルタイムで測定することにつきる。このため、細胞内のcAMPに反応して光るセンサーを用いている。一つの方法は、細胞内をセンサーで満たして、光の伝搬を調べることだが、おそらく簡単ではない。
そこでこの研究では、まず受容体にリンクしたセンサー、膜全体にリンクしたセンサー、そして細胞内のセンサーの3種類を作成し、それぞれを導入した細胞を刺激する実験を行っている。
すると、低い濃度で刺激したとき、受容体とリンクしたセンサーは反応するが、膜全体のセンサーでも反応が低く、細胞質センサーはほとんど反応しない。すなわち、受容体の近くでcAMPの核酸が限定されていることがわかる。
一方、同じ細胞で他のGPCRを刺激すると、刺激の強さに応じて膜全体のセンサーが反応しても、実験に使っているGPCRにリンクしたセンサーは反応しない。すなわち、一つのGPCRで合成されたcAMPは、それ以外のGPCRのドメインに到達できない。
この研究では、この受容体に、SAHと呼ばれる長さを調節できる人工リンカーを用いて、センサーからGPCRまでの距離を30nm、60nmに調節して、刺激実験を行っている。結果は美しく、センサーと受容体の距離が近いほど、cAMPが届いており、一つの受容体にcAMPの濃度勾配をもつドメインができあがっていることを明らかにしている。
後は、このドメインの形成にcAMPを分解するPDEが中心的働きをし、またドメインにリンクしてcAMPにより活性化される PKAが存在することでシグナル特異性が維持されることなどを示しているが、この点についてはさらに詳しい研究が必要だろう。
いずれにせよ、cAMPは決して自由に拡散できないようにすることで、一つの細胞に独立した数千のGPCRスイッチが存在できることが示されただけで十分だと思う。ひょっとしたらこのようなマイクロドメインにも相分離が関わることも考えられる。面白い論文だ。