ALSは進行性に運動神経が失われる病気で、遺伝的原因が存在する症例から、全く原因がわからない個発例まで多様だが、進行速度を別にすると、進行のコースはほぼ同じと言って良く、最後に神経死を誘導する共通のメカニズムがあるのではと考えられてきた。
今日紹介するチリ・サンチアゴにあるAndres Bello大学からの論文は、アストロサイトからポリリン酸が分泌され、運動神経を特異的に傷害するという面白い可能性を示した研究で、3月10日Neuronにオンライン掲載された。タイトルは「Excessive release of inorganic phosphate by ALS/FTD astrocytes causes non-cell-autonomous toxicity to motoneurons(ALS/FTDのアストロサイトが無機的リン酸を過剰に遊離することで運動神経を外部から傷害する)」だ。
論文ウォッチを長く続けているが、これまでチリの大学からの論文を紹介したことはなかった。是非頑張って欲しいと思う。
この論文を読むまでポリリン酸が細胞の中で合成されているとは全く考えたこともなかったが、ポリリン酸が出来ることは大腸菌から人間までほとんどの生物で見られるようで、酵母ではこれを分解する酵素まで持っているようだ。また、ポリリン酸が神経に働く可能性もこれまで指摘されていたようだ。
以上のことから、この研究ではポリリン酸が過剰に作られ運動神経を傷害するのがALSのメカニズムではないかと仮説を立てた。
まず、異なる遺伝子変異を持つ3種類のALSモデルマウスで、アストロサイト内のポリリン酸レベルが1.5-3倍上昇していることを確認した上で、試験管内の実験を行い、
1)ALSモデルマウスのアストロサイトは、活性化すると数倍のポリリン酸を分泌する。
2)ポリリン酸により神経の自然興奮が高まる。
3)ポリリン酸を運動神経細胞に転嫁すると、炎症正反応などが誘導され、3割以上の細胞が死ぬ。
ことを明らかにしている。
次に、モデル動物及び人間の解剖サンプルを用いて、ALSでは脊髄でポリリン酸の上昇が見られることを確認している。
最後に、マウスモデルでポリリン酸を分解したり、ポリカチオンで中和する実験を行い、処理されたアストロサイトはほとんど細胞障害性がないことを示している。
残念ながら、マウス神経に酵母のポリリン酸分解酵素遺伝子を導入する実験はうまくいかなかったようだが、試験管内では導入されたアストロサイトは、運動神経への毒性がないことは確認している。
以上、結論として全てのALSで、最終段階の神経障害の原因として無機物のポリリン酸による運動神経障害があるという話だ。何故ポリリン酸合成がALSアストロサイトで上昇するのかなど、まだまだ明らかにすべき点は多いが、これが本当だとすると、今後様々な介入方法が開発できる可能性がある。是非研究が発展することを期待する。