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3月28日 筋肉幹細胞をもっぱら形態から定義する(3月18日 Science Advances 掲載論文)

2022年3月28日
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筋肉幹細胞についての論文はこれまで何回も紹介してきた。Pax7分子発現が機能的に必須で、分子マーカーとして利用できるため、幹細胞の動態を可視化することができることが、この実験系の特徴になっている。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、Pax7を幹細胞分子マーカーとして利用した上で、その形態に基づいて幹細胞集団をさらに階層化した研究で、3月18日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Piezo1 regulates the regenerative capacity of skeletal muscles via orchestration of stem cell morphological states(Piezo1は幹細胞の形態を統括して骨格筋の再生能力を調節する)」だ。

この研究のハイライトは、筋肉に存在するPax7陽性幹細胞を、生体内で可視化しようとした点だ。筋肉を体外へ切り出して観察するのと異なり、形態的に多様であることに気づいている。特に、筋肉から飛び出す突起の数を数えると、全く突起を出さない丸い細胞から、5本の突起を出し、サイズでも大きな細胞まで、様々なタイプが見つかることが明らかになった。

さらに、切開しなくとも筋肉を観察できる耳の筋肉幹細胞について長期間追跡して、突起があるから移動するというわけではなく、特定の場所に止まっているのに突起を出していることも確認している。

次に、この幹細胞多様性の意義を、幹細胞が活性化され増殖・分化フェーズに入る筋肉障害による再生過程を観察すると、突起を出す細胞から出さない細胞へのシフトが起こり、障害後2−3日をピークに、また元の階層性が1ヶ月で回復することを示している。すなわち、突起のない細胞が障害シグナルに反応する細胞で、このポピュレーションを補うために、必要に応じて突起のある細胞からのリクルートが行われることになる。

もう少し幹細胞生物学的に言うと、突起のある細胞はいわゆる最も未熟で、静止期(quiescent)にある幹細胞で、そこからより活性化しやすい細胞への供給が必要に応じて行われていることになる。

静止期から活性期までの幹細胞の階層性が明らかになると、次は静止期幹細胞を維持する分子メカニズムの問題になるが、筋肉では以前から、昨年ノーベル賞を受賞したメカのセンサーの一つPiezo1の役割が指摘されていた。そこで、まずPiezo1を活性化する薬剤を投与すると、突起のある細胞が減る一方、活性化型の幹細胞が増加する。すなわち、幹細胞を増殖させる側へのシフトが起こっている。

逆に、Piezo1をPax7陽性細胞からノックアウトすると、突起を持つ細胞が増加し、活性化型細胞が減る。すなわち、静止期細胞から活性型へのシフトが抑制される。

以上のことから、Piezo1は静止期細胞で働いて、再生が必要かどうかを感知するときに働いており、再生の必要性が生まれてPiezo1が活性化されると、静止期の細胞から活性化型への分化が起こることになる。

以上の研究に基づいて、最後に筋ジストロフィーモデルマウスを用いてPiezo1の発現、幹細胞の形態を調べ、Piezo1ノックアウトマウスと同じで、Piezo1の発現が低下するとともに、静止期から活性化型へのシフトが抑えられていることを発見している。そして、Piezo1を活性化させる薬剤を投与することで、活性化型の細胞の数が増え、さらに筋肉再生も促進されることを示している。

結果は以上で、完全に形態だけに基づいて幹細胞を見続けている点で、私のような古い人間は好感を持ってしまう。しかし、このおかげで筋肉幹細胞の静止期を決めているメカニズムはさらに解明が進む気がする。さらに、筋ジストロフィーについても、再生をうまく維持して筋肉を守る治療法も確立できるかもしれない。形態侮るなかれ。

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