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9月11 日 ウイルスでウイルスを制す (9月4日 The Lancet Microbiome 掲載論文)

2020年9月11日
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マスメディアではこの冬は新型コロナウイルス感染と、インフルエンザ感染が入り乱れて恐ろしい話になるのではと恐怖が煽られている。ただ、ウイルスの同時流行についてはあまりデータがない(これが恐怖の元になる)。一方、一つのウイルスに感染すると、自然免疫が誘導されるために、他のウイルスには感染しづらくなる現象(ウイルス干渉と呼ばれる)については、多くの報告がある。実際に、新型コロナウイルスとインフルエンザや他のウイルスとの間でウイルス干渉が見られるのかは重要な問題で、鼻粘膜からのウイルスサンプル採取が行われる今年は、研究の大きなチャンスになると思う。どこかが主導して集められたサンプルについて、新型コロナやインフルエンザにとどまらず様々なウイルスについてPCRを行うことで、今後の予防対策にとって貴重なデータが得られることは間違いがない。

今日紹介するイェール大学からの論文は疫学レベル、試験管レベルで、普通の風邪の原因であるライノウイルスとインフルエンザウイルスが干渉するかどうか調べた研究で、The Lancet Microbiomeにオンライン掲載された。タイトルは「Interference between rhinovirus and influenza A virus: a clinical data analysis and experimental infection study (ライノウイルスのインフルエンザウイルスの干渉:臨床データと実験的感染研究)」だ。

イェール大学では2016年からウイルス干渉現象に取り組んでおり、インフルエンザウイルスとライノウイルスを含む10種類のウイルスについて感染の存在を確認し続けている。インフルエンザの抗原検査は行われても、ウイルスのPCR検査が臨床で行われることは稀なので、このデータは貴重だ。

結果だが、予想されたとはいえ極めて明確で、、ライノウイルスは年中続いているが、それでも1〜2月には感染者数は減る。そしてインフルエンザウイルスはこの間隙を狙うかの様にピークがくる。すなわちウイルス干渉現象が見られる。

ここのデータを詳しく見て、実際に一人の患者さんで複数のウイルス感染が見られるか調べると、複数のウイルスにかかることはあるが、理論値よりかなり低い。ライノウイルスと、インフルエンザAとの関係で見ると、理論値の1/5に抑えられている。

そこで今度はヒト培養気管上皮への感染実験を行い、ライノウイルスを感染させて3日後の気管上皮ではインフルエンザウイルスの増殖が抑えられていること、そして感染抑制がライノウイルス感染による自然免疫活性化と1型インターフェロン産生によることを示している。

結果はこれだけで、おそらくこれまでのウイルス干渉研究の再確認研究と言えるかもしれないが、新型コロナ感染が続く今、新鮮に感じる。もちろんライノウイルスは非エンベロープ型で、インフルエンザウイルスはエンベロープ型なので、両者に見られた関係が、インフルエンザと新型コロナで見られるのか、予想できない。また、新型コロナウイルスが持つ様々なインターフェロンを逃れる仕組みがウイルス干渉に抵抗力を持たせる可能性もある。

いずれにせよ、この問題を日本人で調べる最大のチャンスがこれから冬にかけてやってくる。このチャンスを生かして、日本人がどの様なウイルス気道感染にさらされるのか、コホート研究を大至急始めてほしい。その結果、ウイルスでウイルスを制する思いも掛けない予防法が開発できるかもしれない?

カテゴリ:論文ウォッチ

9月10日 もう一つの新型コロナウイルス感染阻害薬(9月4日号 Science 掲載論文)

2020年9月10日
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新型コロナウイルスの感染阻害活性のあるモノクローナル抗体薬の開発が急速に進んでいることについて先週紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/13811)、可溶性のACE2をウイルススパイクに結合させ、細胞状のスパイクとの結合を阻害する方法も早くから開発が試みられている。

元々細胞膜上に存在する受容体を、遺伝子操作で可溶性の受容体へ変換し、それを抗体の代わりに阻害剤として用いる方法はすでにいくつかの分野で実現している。我が国で最もヒットしているのが加齢黄斑変性症の血管新生を抑えるバイエル薬品のVEGF受容体を可溶化した製品(アイリーア)で、抗体治療(ルセンティスなど)に伍して広く利用されている。

ただACE2を可溶化して用いる場合の問題は、可溶性VEGF受容体とは異なり、これ自体にアンジオテンシンIIを分解する活性があり、血圧を下げる可能性がある。このため、可溶性のACE2を用いた治療は治験にまでこぎつけていない。

今日紹介するイリノイ大学からの論文は、可溶性のACE2も場合によれば利用できるかもしれないことを示す研究で9月4日号のScienceに掲載された。タイトルは「Engineering human ACE2 to optimize binding to the spike protein of SARS coronavirus 2 (ヒトACE2の新型コロナウイルス・スパイクタンパク質への結合性を高める様に操作する)」だ。

タンパク質のアミノ酸配列を系統的に変化させて、機能的変化を調べるdeep mutagenesis と呼ばれる手法については、スパイクタンパク質の解析に関して紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/13811 )、この研究では逆にACE2にこの手法適用して、スパイクタンパク質に対する親和性を高めることができないか調べている。

もちろん多くの変異体を解析するという膨大な仕事が必要になるが、最終的に変異していないACEと同じ、あるいは少し高い収率で生産でき、しかも高い親和性を持つ変異体を特定することに成功している。

数値でいうと、元々のACE2はスパイクタンパク質に乖離係数で22nMだが、新しい変異体ACE2vはなんと0.6nMという値だ。すなわち、少ない濃度で細胞上のACE2とスパイクタンパク質の結合を抑制することができる。

さらに回復患者さんに存在する中和抗体と比べても、スパイクへの結合を高い親和性で競合することから、モノクローナル抗体薬と比較しても良い成績が得られる可能性が高い。しかも、新型コロナだけでなく、SARSウイルスの感染も同じ親和性で抑制することができる。

最後に問題になるのは、ACE2のアンジオテンシンII分解作用だが、確かに活性はあるが、正常のACE2と比べるとかなり低下している。

以上の結果から、ルセンティス対アイリーアのように、抗体薬に伍して利用される抗ウイルス薬に発展する可能性はある。別に私が肩を持つ必要はないのだが、低いレベルで残ったアンジオテンシンII分解活性により、病巣の血管収縮などが少し改善されたりすると、ひょっとしたらブレークする可能性もある。

いずれにせよ、これほどの膨大な実験が半年程度で論文になってくること自体が驚きだが、ぜひモノクローナル抗体と競争してほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月9日 アリと細菌の共生に向けたボディープランの再構成(9月2日 Nature オンライン掲載論文)

2020年9月9日
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私たちも腸内細菌叢と共存しているといえば言えるが、細菌叢のために体の体制を変化させているわけではない。というのも、発生は細菌叢とは無関係に、原則として無菌環境で起こり、生後外界から細菌叢が移植される。従って、特定の細菌だけが腸内に住み着けるというわけではない。

これに比べると昆虫で見られる細菌との共生は、細菌も昆虫も一体化して発生することで常に共生関係が成立できる様に発生過程を変化させるレベルに達しているものが多く、このブログでも様々な昆虫を紹介してきた。

今日紹介するカナダのマクギル大学からの論文は大工アリとして知られるオオアリの一種が、腸細胞内で共生しているバクテリアブロクマンとの共生を実現するためにどの様に進化したかを調べた面白い研究で9月2日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Origin and elaboration of a major evolutionary transition in individuality (一つの個体として一体化した共生への転換の起源と仕組み)」だ」。

タイトルをかなり意訳したが、individualityをそのまま個性と訳してしまうと誤解を招くと思ったからで、実際にはバクテリアとアリが一つの個体に一体化していることを指しているのだと思う。

この種では、生まれた時から腸内細胞だけにブロクマンが共生してアミノ酸を供給している。そのために、発生過程で、卵の中のバクテリアを腸の細胞だけにもう一度限局させるよう、発生過程を変化させる必要がある。

この研究では共生を選んだ大工アリでは、普通、卵の後方germ plasmaに限局して存在する生殖細胞決定に関わる遺伝子セットが、卵の前後に散らばる4領域に発現しているという発見から始まっている。

これらgerm plasmaの遺伝子は卵の形成過程で母親から伝達される遺伝子なので、4箇所に分かれた生殖細胞決定遺伝子が共生のためのボディープラン形成に関わると考え、まずそれぞれの領域が最終的にどの組織になるか調べ、zone 1とzone4がバクテリアが共生する腸細胞に、zone2が生殖細胞に、そしてzone3が胚の後方領域に分化することを確認する。

次に、この体制の変化に、腸の形成に関わるホメオボックス遺伝子abdAとUbxが関わると読んで、各zoneでの発現を調べ、abdAがzone1,3に、Ubxが全てのzoneに発現していることを確認する。そして、これらの遺伝子の機能をノックダウンで抑える実験から、これらの分子は生殖決定に関わる遺伝子を調節して、共生のための体制づくりに関わっていることを明らかにしている。

そして抗生物質を投与する実験で、共生細菌が除去されると、本来生殖細胞が発生するzone1でabdAとtudorの発現が抑えられることから、それぞれのzone形成は大工アリ独特に獲得した構造だが、それに細菌が共生する様になりさらに体の体制が共生に都合のいい様に変化させられる様になったことを示している。ただ、バクテリアのどの分子がこの変化を誘導するのかについては特定できていない。

あとは、大工アリの系統樹から、新しい体の体制の進化について推察して、新しい体制はバクテリアとは無関係に進化し、その時germ plasmaの遺伝子を異なる領域に局在させる機構の獲得が重要な役割を演じていること、そしてこの新しい体制が細菌との共生で更に深まり、一体として発生する新しい個性が誕生したというシナリオを示している。

個体とはなにか?昆虫から学ぶことは多い。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月8日 進行ガンの標的治療の効果をscRNAseqで解析する(9月3日号 Cell 掲載論文)

2020年9月8日
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ガンのドライバー変異が特定できる様になってから、その活性を選択的に抑制してガンの増殖を抑える標的治療に大きな期待が集まった。実際、全身に転移していたガンが見事に消失する画像を見ると、心底驚く。しかし観察を続けてわかったことは、ほとんどの患者さんで標的治療に抵抗するガン細胞が出現し、再発してしまうことだった。従って、いくつかの標的薬を組み合わせて、耐性細胞が出ない様にすしか方法はないが、このためには標的薬治療でガン組織に何が起こっているのか知る必要がある。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、ガンのドライバー変異に対する標的治療を受けた患者さんについて、治療前、ガン縮小時、そして再発時にバイオプシーを行い、組織から得られた細胞についてsingle cell RNA sequencingを繰り返し、ガン細胞だけでなく周りの組織の治療による変化を解析した研究で9月3日号のCellに掲載された。タイトルは「Therapy-Induced Evolution of Human Lung Cancer Revealed by Single-Cell RNA Sequencing (Single Cell RNA sequencingからわかる人間の肺ガンの治療による進化過程)」だ。

地道だが重要な研究だ。バイオプシーの方法について詳しく書いていないので想像するしか無いが、もし針を経皮的に刺す方法だとすると、腫瘍が縮小した時点の組織に含まれるガン細胞は少ないはずで、解析は大変だと思う。それでも、scRNA seqでガン細胞を特定できるということは、この方法の臨床的重要性を物語っている。

実際、ガン細胞が解析できた44例の患者さんのうち、20例でscRNA seqデータからガンのドライバーを特定でき、さらに11例ではそれ以外のガンの突然変異も特定することができている。個人差が極めて大きく、標準治療とはいかないと思うが、scRNA seqの結果から、先回りして標的薬を組み合わせた治療も可能になると期待できる。

多くのデータが示されおり、全部紹介するのは難しいので面白いと思った点だけを箇条書きにする。

  • 治療により縮小したガン細胞では、治療前と比べて肺胞細胞特異的遺伝子の発現が見られる。面白いことに、肺胞型の性質を示すガンを調べると、確かに予後が良い。おそらく肺胞型遺伝子発現は、増殖が抑えられることで誘導される様だ。
  • ガンが縮小した組織では、Wntシグナル経路が活性化されている。おそらく、この結果、ドライバーを抑制しても増殖する細胞が維持され、そこで体制が獲得される可能性がある。とすると、Wnt阻害剤と標的薬を組み合わせる治療は期待できる。
  • 治療前、再発時のガンを縮小時のガンと比べると、トリプトファン代謝のキヌレイン経路が活性化されている。この経路は免疫抑制に関わることがわかっているので、例えばIDO1を阻害することで経路の活性を下げることで、標的薬の効果を高める可能性がある。
  • 再発過程を調べると、症例によってまちまちだが、plasminogen activatorなど、ガンの浸潤に関わる分子が上昇している。面白いのは、gap-junction分子が上昇しいる点で、ガンが集団的に情報交換して治療に抵抗しているのかも知らない。
  • 異なる経過時点でバイオプシーを行なったケースでは、再発ガンで扁平上皮型の転写がみられており、ガンの形質転換が悪性化とともに進んでいることを示している。
  • 今回の患者さんでは免疫チェックポイント治療は行われていないが、それでもガンの治療により、マクロファージが減り、T細胞浸潤が増えることが明らかになった。すなわち、ガン細胞が殺されることが、免疫誘導を促している可能性が高い。そして、ガンが再発するとこの状態は元に戻る。また、再発によりIDO1などが上昇すると、予想通り抑制性T細胞が浸潤する。

以上が面白いと思った結果だが、ガン治療と免疫反応の関係などは、今後のチェックポイント治療の利用にとっても重要なヒントになる様に感じる。この様なデータから一つでも新しい併用治療が確立することを願う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月7日 アグリンは関節軟骨を再生する特効薬になるか?(9月2日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年9月7日
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関節軟骨の損傷は修復に長期間を要し、しかも積極的介入がないと完全に元に戻ることはできない。これは、軟骨組織から血管網が排除されており、細胞の増殖を維持しにくい構造になっているのと、軟骨幹細胞の再生能力は大人ではほとんど失われているからだ。このため早くから軟骨再生は再生医学の開発が進んでいた。実際、2000年に再生医学のミレニアムプロジェクトをスタートした頃は、培養関節軟骨による再生医学は再生医学の一つのモデルとして考えていた。

今日紹介する英国Queen Mary 大学からの論文は、マウスモデルとはいえひょっとしたら軟骨再生の重要な転換になるかもしれないと期待させる研究で9月2日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Agrin induces long-term osteochondral regeneration by supporting repair morphogenesis (アグリンは修復形態形成をサポートして骨・軟骨の長期再生を誘導する)」だ。

こんな話が今頃出てくるのは不思議なぐらいだが、この研究ではヒト軟骨損傷を動物に移植して障害した後24時間で誘導される分子の中にアグリンを発見し、このアグリンが軟骨再生に利用できないか研究を進めている。

アグリンはシナプス形成時にアセチルコリン受容体を集合させる機能から名前がつけられたプロテオグリカンで、おそらく関節軟骨に発現しているとは誰も予想できないことが、これまでこの分子の関節再生の機能についてほとんど研究が行われなかった理由だろう。ただ、名古屋大学のグループが以前にアグリン受容体として働くLRP4を軟骨細胞株に過剰発現させると、Wntシグナルが抑えられ、細胞が増殖することを示しており、おそらくこの研究から、アグリンが軟骨再生を促すのではと着想した様に思う。

まず軟骨細胞株を用いた実験で、アグリン刺激によりCamKII/CREBシグナル経路が活性化し、その結果Wnt/βカテニンシの下流のシグナルが抑えられ、その結果軟骨細胞の増殖が高まることを確認している。

そして次にマウスの大腿骨関節軟骨に1.8mmの深さの傷を0.8mmの長さにつけた後の治癒プロセスを追いかけている。もし何もしないと、軟骨は全く再生せず、骨の過剰再生と間質の増殖が見られるだけにとどまり、関節の機能は損なわれる。ところが、コラーゲンゲルにアグリンを混ぜて関節に注射すると、骨だけでなく軟骨が再生するのが確認できた。重要なことは、ある程度形態を保ったまま再生が起こった点で、機能回復という点では理想的な再生を誘導できる可能性がある。

さらに、大型動物モデルとして羊の大腿軟骨をに、深さ5mm、長さ8mmの傷をつけ、アグリンの効果を調べている。この条件でも効果は絶大で、アグリン投与群でだけSafraninOで染色される軟骨組織が形成され、羊の活動性も高まる事が示されている。

あとはこの効果の分子メカニズムについて詳しく検討しており、このシグナル回路は骨髄の間質幹細胞には働かず、軟骨組織に存在するGdf5陽性軟骨幹細胞特異的に働いていること、Wntシグナルを抑制して増殖にスイッチを入れるだけでなく、CREBを始めアグリン自体の作用で、形態形成プロセスが誘導される結果、他の増殖因子とは違って異所性に軟骨が形成されたりする心配なく、損傷治癒が起こることを示している。

羊の実験で見ると、もちろん治癒は完全でない様に思うが(素人判断)、それでもかなり期待を持たせる結果ではないだろうか。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月6日 相分離によるcAMPシグナル調節(9月17日号 Cell 掲載論文)

2020年9月6日
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cAMPはシグナル依存的に合成され、重要なシグナルメッセンジャーとして様々な過程に関わっていることは教科書的知識になっている。ただ、cAMP自体は細胞内を素早く拡散するため、例えば様々なG タンパクシグナルが並行して働いている細胞で、シグナル特異性をどう保証するかが問題になっていた。幸い、cAMPを細胞内で検出する方法が開発され、cAMPは細胞の中のコンパートメントに濃縮されており、これがシグナルの特異性や恒常性に必要であるという概念が示されてきた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンデイエゴ校からの論文は、このコンパートメント化がPKAの調節部位RIαが相分離することで可能になっていることを示した研究で9月17日号Cellに掲載された。タイトルは「Phase Separation of a PKA Regulatory Subunit Controls cAMP Compartmentation and Oncogenic Signaling(PKAの調節サブユニットの相分離によりcAMPのコンパートメントかと発ガンシグナルが調節される)」だ。

cAMPがコンパートメント化されていることはすでに知られていたので、問題はコンパートメント化のメカニズムの解明だった。その意味で、正に相分離は誰もが思いつく高い可能性と言えるが、それを証明するためには相分離をガイドする分子、cAMPやPKA活性の細胞内での検出、そして相分離の機能的意味を調べるための様々な方法や材料を確立するために時間がかかったのだと想像する。

その困難を乗り越え、この研究ではPKA複合体を形成する分子の中のRIα分子がcAMPと結合すると相分離を起こし、そこにcAMPをコンパートメント化することをまず明らかにしている。すなわち、外からのシグナルによりcAMPが合成されるとそこでRIαの相分離が起こり、cAMPがコンパートメント化され、そこから周りにシグナルを伝えるという可能性が示された。

様々なセンサーを用いて、PKAの活性やcAMPの局在を調べた結果、この相分離体によりcAMPは細胞質内のcAMP濃度を調節する働きをしており、一方でcAMPを分解するフォスフォディエステラーゼにより、cAMP濃度が低いコンパートメントが維持されることで、一種のセカンドメッセンジャーcAMPの細胞内での勾配がうまれ、シグナル特異性が形成されることを示している。

ただ、ここまでならなるほどで終わるのだが、最後にPKAのカタリティックドメインがDNAJB1遺伝子とキメラを形成するために発生する特殊なFibrolamellar Carcinomaと呼ばれる肝臓ガンの癌遺伝子を細胞に導入した時、相分離が阻害され、その結果PKAシグナルのコントロールが効かずに細胞増殖が高まるという結果を示し、確かに相分離によりcAMPのコンパートメント化がcAMP のシグナル多様性維持に必須であること示し、構造、機能、病理を網羅する研究に仕上がっている。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月5日 コロナウイルス最強の武器を分析する(9月4日号 Science 掲載論文)

2020年9月5日
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コロナウイルスにコードされている分子を知れば知るほど、ウイルス進化の巧妙さに惚れ惚れしてしまう。特にホストの自然免疫を防ぐために発達させた、二重三重のメカニズムは、コロナウイルスの様な複雑なウイルスの複製やウイルス粒子のアッセンブリーがいかにホストのアタックを受けやすいかを物語っている。逆にいうと、この防御を一つでも破ればコロナウイルスの増殖を抑えることができる。

今日紹介するミュンヘン大学からの論文はコロナウイルスの防御機構の中でも最大の武器と言えるNsp1の機能と構造の関係を明らかにした研究で9月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Structural basis for translational shutdown and immune evasion by the Nsp1 protein of SARS-CoV-2 (新型コロナウイルスのNsp1タンパク質による翻訳の抑制と免疫回避の構造的基礎)」だ。

タイトルにあるNsp1がコロナウイルスがホスト細胞のメカニズムをコントロールするために開発した最大の武器で、新型コロナウイルスに限らず、これまでのSARSなどの研究で、ホストのリボゾームに結合してホストの翻訳をほぼ完全に停止し、さらにエクソヌクレアーゼ活性でホストmRNAの分解のスイッチを入れる活性を持っている。一方、ウイルスRNAは特殊な5‘配列で、この阻害を受けないため、感染した細胞の翻訳システムを全て自分のために使うことができる。その結果、当然ホストの自然免疫システムは機能せず、ウイルスは安全に増殖することになる。

この研究ではNsp1タンパク質のC末端に突然変異を導入する実験で、Nsp1がこの部位でリボゾームに取り付くことを確認した後、クライオ電顕を用いて構造解析を行っている。結果をまとめると、

  • Nsp1は翻訳が始まる前のリボゾームにC末端で結合するが、2種類の結合状態が形成される。
  • 一つはCCDC124と呼ばれるタンパク質が結合した状態で、結合している他のタンパク質の性質から、リサイクルされる過程のリボゾームにNsp1は結合する。
  • もう一つの状態はCCDC12のかわりにLYARという分子が結合した状態で、EF1AとtRNA複合体も結合した、これまで知られていなかった状態で、その機能ははっきりしない。
  • いずれの状態も、Nsp1C末端が結合した結果、ホストのmRNAが入り込む隙間が完全に埋められる。
  • その結果、Nsp1遺伝子を導入すると、用量依存的にインターフェロンβの転写が抑制されるが、C末に変異を入れたNspではこの作用がない。

以上、構造の苦手な私にもわかりやすくデータが示され、コロナウイルス最強の武器Nsp1のことがよくわかった。

残念ながらこれだけで、なぜウイルスRNAは翻訳されるのかは解明されていないと思う。しかし、コロナウイルスのNspタンパク質が最初一本のペプチドとして作られる必要性と関わる様に感じた。

この研究で説かれた構造を見ると、Nsp1の機能を阻害することはそう簡単ではない様に感じる。ただ、これほど複雑なシステムを持っているコロナウイルスなら、遺伝子ノックダウンのためのRNA薬も結構使えるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月4日 自然免疫に関わるDNAセンサーSTINGの起源(9月2日 Nature オンラン掲載論文)

2020年9月4日
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細菌やウイルスの感染に対する防御の第一線では、外来DNAを感知してインターフェロンなど自然免疫系が活性化されるが、この中心を担うのがGAS-STINGシステムだ。外来DNAが侵入してくるとGASがDNAをcyclic nucleotideが2個結合したcyclic di-nucleotide(CDN)を合成する。このCDNが小胞体に結合しているSTINGを活性化し、TBK1/IRF3下流シグナル分子を介して、インターフェロンなど自然免疫系が活性化される極めて巧妙なシステムだ。

今日紹介するハーバード大学からの論文はSTING分子の起源は一部の細菌に見られる、CDNを感知するという全く同じ機能をもった分子であることを示した論文で9月2日号のNatureに掲載された。タイトルは「STING cyclic dinucleotide sensing originated in bacteria (STINGのcyclic di nucleotide感知機能はバクテリアに由来する)」だ。

この研究はSTINGに一定の相同性を持つ分子が一部の原核生物にも存在することの発見から始まっている。しかも細菌のSTINGはcyclic nucleotideにより活性化される免疫システム分子が集まっているオペロン上に存在していることを発見した。しかも細菌のSTINGは自然免疫の活性化に関わるToll like receptorと相同なドメインが結合したセンサーと、エフェクターが合体した構造を持っている。

この研究では、再構成した細菌STING分子を、構造学的、生化学的に詳しく調べ、

  • 人間のSTINGと異なり、CDNの一つcyclic GMP-AMP 特異的に結合すること。
  • STINGをcGAMPを合成している大腸菌に導入すると増殖を抑制すること
  • 活性化されるとtoll like receptor によりNADをnicotinamideに分解すること、
  • 活性化されると鎖のように連結して機能を発揮すること、
  • 牡蠣のSTINGでもtoll like receptor様エフェクターと結合していること、

などを明らかにしている。

以上の結果から、もともとSTINGは細菌が外来のウイルスを防御する仕組みとして獲得したDNA センサーで、toll like receptorドメインによるエフェクター機能も備えていた。おそらく、水平遺伝子伝搬によりそのままメタゾアに移行して、独自の進化をはじめ、toll like receptorドメインの代わりに小胞体膜上に発現するドメインを獲得するとともに、様々なCDNを認識する様に変化した進化のシナリオを提案している。

一般の人にはわかりにくいと思うが、自然免疫としてのGAS/STINGについてある程度知識があれば、重要な発見であることがわかる。単純にアミノ酸配列を比較するだけで無く、構造から機能にいたるまで、総合的な解析が行われており、新しいことを学んだという実感が得られる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月3日 膵島移植で拒絶を避けるgood idea(8月28日号 Science translational Medicine 掲載論文)

2020年9月3日
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色々論文を読んでいると、good ideaと思わず微笑んでしまう論文に出会うことができる。このような論文は基本的に新しい発見とは無関係で、すでによく知られているメカニズムを上手に利用する仕方を提案するものが多い。

今日紹介するジョージア工科大学からの論文はまさにこのような例で、1型糖尿病治療に行われる膵島移植の拒絶を防ぐ面白い方法についての前臨床研究で8月28日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Immunotherapy via PD-L1–presenting biomaterials leads to long-term islet graft survival (PD-L1を発現したバイオマテリアルによる免疫治療は膵島移植の長期生着を可能にする)」だ。

PD-1に対する抗体を用いたガンのチェックポイント治療は、PD-1シグナルによる免疫反応抑制を抑えるもので、ガン抗原に対する免疫反応の枯渇を防いで治療を行う。これを逆から見ると、PD-1を活性化すれば免疫反応を抑えることができることを意味し、移植臓器に対する拒絶反応を抑える一つの方法になりうる。

PD-1を活性化し、免疫を抑える分子の一つがPD-L1で、この分子を発現しているガンは、免疫抑制効果が高く、予後が悪い。これを抑えるのが、本庶先生が開発したPD-1に対する抗体だが、逆にPD-1を活性化して免疫を抑えたい場合は、PD-L1を抗原とともに提示することが必要になる。

この論文の著者らは、PD-L1を結合させたポリエチレングリコールジェルを作成し、これと移植する膵島を混合して移植することで、移植片に対する拒絶反応を抑制できるのではないかと着想した。大きな臓器では無く、β細胞の小さな塊を移植する膵島移植を考えると、たしかにgood ideaだ。これまで細胞側に遺伝子を導入するなど様々な可能性が考えられてきたが、新しい工学的発想を感じる。

あとはうまくいくかどうかだが、膵島とPD-L1ジェルが存在すると、試験官内で抑制性のTregが誘導され、また膵島に対する直接の細胞性障害活性を抑えることもできる。

そして何より、組織適合性がない膵島を脂肪組織に移植した時、このジェルがあると、移植後1ヶ月ぐらいまで、移植した半数の膵島の生着が維持される。さらに、糖尿病を誘導したマウスに移植した場合、7割ぐらいの個体で、糖尿病の発症を抑制できる。

あとは、本当に膵島に対する免疫寛容が成立したのかなど、最新の方法で確かめているが、詳細は省く。前臨床研究としてはコンセプトが確認されたと結論していいだろう。

あとはどの段階で人に応用できるかだが、現在のような門脈に膵島を注射して肝臓に生着させる場合にジェルが使えるかどうかの検証、あるいは門脈をやめて、膵島を脂肪組織に移植する方法が可能かなど、検討が必要になるだろう。

一見小さなアイデアに見えるが、個人的には発展性があるgood ideaだと感じている。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月2日 進む新型コロナウイルススパイクの構造解析(9月3日号 Cell 掲載論文)

2020年9月2日
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「With コロナ」という言葉は、今後私たちが新型コロナウイルス感染の恐怖と共に生きなければならないという消極的な意味に聞こえる。しかし、ウイルスを地上から撲滅できなくても、新型コロナウイルス治療法開発により恐怖は解消することは間違い無く、既存薬も含めて治癒率の高い治療法が年内には提供されるようになると私は楽観視している。この確信の根拠については、ウイルスがコードする各タンパク質を標的とする薬剤の開発状況を調べた「希望」のチャートを作成しつつあり、完成すれば皆さんにも提供したい。

しかしこの中で最も希望が持てるのが、ウイルスが細胞へ侵入するときに必須の分子スパイクタンパク質に対するモノクローナル抗体治療だと思う。例えば米国の治験登録サイトClinicalTrials.govでcovid-19 and monoclonal antibodyをキーワードに検索すると、なんと47の治験がリストされている。そのうち既に第3相に入った治験も17存在することを知ると、多くのモノクローナル抗体薬が既に開発が終わり、嬉しいことに熾烈な開発競争が進んでいることがわかる。これほど多くのモノクローナル抗体を開発できる理由の一つが、感染した患者さんのB 細胞から直接抗体遺伝子を分離できるため、最初から人型の抗体が使える点だろう。少なくとも利用可能なmAb薬は年内に出てくると勝手に予想している。

一方で抗体の標的となるウイルス側分子スパイクについての研究も驚くべきスピードで進んでいる。スパイクの研究は、抗体の臨床結果を解釈する意味で欠かせない。この研究分野で気になるのが、スパイクが結合する分子のレパートリーが増えてきている点で、ACE2のみならず、ニューロピリン、CD209、そしてなんとMERSウイルスが侵入に使うDPP4まで、新型コロナのスパイクと結合できることを示す論文が発表されている。今後これらのスパイク結合分子の役割について理解を深めることは重要だ

このような現象をしっかり理解するためには、スパイクタンパク質の構造と生化学をしっかり理解することが必要で、今日紹介する2編の論文は、この問題が徹底的に解析されていることを知る意味で格好の論文だと思う。

最初の英国MRCからの論文はクライオ電顕を用いてウイルス上に発現されているスパイクタンパク質の構造を解析した研究で8月17日にNatureにオンライン出版された。

もちろん、精製したスパイクタンパク質の構造解析に関しては多くの論文が存在し、治療抗体の開発に必須の情報を提供している。しかし、このグループはさらに進んで、実際のウイルス粒子上のスパイクの構造を解析している。結果は、これまでの構造解析結果を大きく変えるというものではないが、一つのウイルス粒子の中に、細胞側と融合する前のスパイクと、融合後のスパイクが同時に存在している図や、異なる立体構造を示すスパイクタンパク質が共存しているのを見ると、本当に驚く。

この論文を読んで感じるのは、新型コロナに関しては、これで十分と思うのでは無く、やり残しのないよう、徹底的に研究し尽くすという研究者の意気込みだ。この意気込みを見ると、希望がふくらむ。

それを示すもう一つの例が米国Fred Hutchinsonがんセンターから9月3日号のCellに発表された論文だ。

これまでウイルスの変異により、抗体が効かなくなったり、ウイルスの感染力が高まったりすることが指摘されているが、基本的にはウイルスゲノムの変異から適当に推察しているに過ぎないことが多い。

この研究ではスパイクタンパク質を構成する全てのアミノ酸を、それぞれ16種類の別のアミノ酸に置き換えた膨大な遺伝子ライブラリーを作成し、全てを酵母細胞表面に発現させて、1)安定的なタンパク質として発現できるか、2)ACE2との結合性、の2種類の指標で評価している。すなわち、可能な全てのスパイク分子の変異とその形質についての、網羅的チャートと材料が整った。

当然多くの変異は機能的タンパク質の合成を阻害するため、酵母表面に発現できなくなる。とはいえ、ほかのタンパク質と比べるとスパイクタンパク質の多くのアミノ酸残基は変異によっても影響されにくく、逆にいうと多くの変異が許容されることがわかる。この多くの変異が許容できる可塑性が、コロナウイルスの細胞侵入に様々な分子が使われる理由になっているのだろう。このライブラリーを使うと、ほかの動物への感染性も網羅的にテストすることが可能で、ウイルス進化を知るためにも重要なリソースになる。

また、現在流行中のウイルスゲノムをこのチャートに照らして、感染性を推察することができる。今回人為的に作成した変異の中には、安定に表面に発現できるようになる変異、あるいはACE2とより高い親和性を持つ変異などが見つかっており、まだまだ高い感染性をもつウイルスが出現する可能性を示唆しているが、幸い同じような変異はまだ流行中のウイルスには存在していないことも確認できる。これまで、ゲノムと流行度に基づいて、適当に行われてきた感染性の評価も、このチャートのおかげで正確な予測ができるようになるだろう。

この研究では調べられていないが、このライブラリーはニューロピリンなどほかの分子との結合の評価にも使えることから、ゲノムと病気の進展の関係についての研究が一段と進むと期待できる。

他にも多くの可能性を秘めた研究だが、私が強調したいのは、このレベルまで新型コロナウイルスについては研究が進んでいる点だ。このような進展を逐一伝え、新型コロナウイルスも近いうちに克服できることを示していくのも、メディアの重要な役割だと思う。その意味でこのブログは、楽天主義を貫くことにしている。

カテゴリ:論文ウォッチ
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