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3月12日 脳の言語処理もAIと同じか?(3月7日号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2022年3月12日
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コンピューターが発達してから、言語を話せるようにする自然言語処理が重要なテーマとして研究され、様々な方法が試された。元々、意味を言語の中心に置くソシュール的考えにもとづいて、Psycholingustic modelと呼ばれる方法が試され、その後deep learningが組み合わさることで一定の効果をあげた。しかし、その後意味も飛ばしてしまった、語の集まり(=コンテクスト)とにもとづいて、次の言葉を予想し、その結果をまたフィードバックするdeep language model(DLM)、要するに深層学習、あるいはAIと言ってしまっていいかもしれない、が現れ、自然言語処理は大きな成功を収めるようになる。

これほどの成功を目にすると、当然、我々の脳がDLM処理を行っているのではないかという可能性を調べたくなる。今日紹介するプリンストン大学からの論文は、脳内に脳皮質電極を設置したてんかん患者さんの言語処理時の脳活動を記録して、DLMコンピューター処理と比べた研究で、3月7日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Shared computational principles for language processing in humans and deep language models(人間とdeep language model での言語処理の計算原理は共通)」だ。

実際、文章を聞いた後で次に来る単語を予想するテストをすると、GLMと人間はほぼ同じ予測率を示す。すなわち、人間の脳でも、言葉を聞いているうちにコンテクストを理解し、その上で次の単語が来るより前に、その単語を予測し、実際に聞いたあとそれまでの予測プロセスを評価していることになる。

これを示すため、文章を聞いているときの皮質電位を計測し、文章に表れる一つ一つの単語に反応する部位をできるだけ特定する。その上で、特定の単語に対する反応が、実際の単語が現れる前から脳活動として記録できるかを調べている。

すると、実際の単語が現れる前から徐々にその単語に反応する領域の興奮が上昇し、最終的にその単語を聞くと、400msをピークにした反応が得られることを示している。

さらに面白いのは、予想とは異なる単語が現れたときは、その単語に反応する部位の興奮は低いまま経過し、その単語を聞いた後で急にその部位の興奮が上昇する。しかも、予想できていたときより高いピークの反応が見られることが明らかになった。

そして最後に、DLMモデルを用いて、実際の脳の興奮を予測できるかも調べている。この数学的処理については苦手なのですっ飛ばすが、deep learningでコンテクストを判断する方法が最も高い相関を示し、ただ統計学的に単語を予測するモデルなどではうまくいかないことが示されている。

結果は以上で、要するに私たちの脳もAIと同じ処理をしており、deep learning研究者たちがneural networkと呼んでも良いことになる。

ただ間違ってはいけないのは、これは言語を習得したヒトの脳の話で、実際の習得がこの方法で行われるのか、子供の発達を調べる必要がある。また、構語、シンタックスはどう形成されるのかも、今後の問題だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月11日 機能的MRIで検出できる分子マーカーの開発(3月3日 Nature Neurosceice 掲載論文)

2022年3月11日
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機能的MRIは、前処理なしに脳活動を精細に調べる方法として現在大活躍している。そして、この原理が神経興奮領域で血流上昇が見られるからだと聞くと、血管をも連動させている脳活動の仕組みに驚く。しかし、なぜこれほどの連動が見られるのかについて、完全に理解できていない。このHPでも、この連動が、小動脈内皮のcaveolaが重要な鍵を持つことを示した論文を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/12571)。しかし、メカニズムの解明からはまだまだほど遠い。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、この血流が上昇するとfMRIにキャッチされることを利用して、脳神経の興奮をfMRIでモニターする方法を開発できたという研究で3月3日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Functional dissection of neural circuitry using a genetic reporter for fMRI(fMRIでキャッチできる遺伝的レポーターを用い神経回路の機能的解明)」だ。

この研究の目的は、神経興奮をMRIで捉えられる血流の変化に変えられる分子マーカーを開発することだ。すなわち、神経が興奮すると、血管に働く分子が分泌され、周りの血管に働きかけ、血流を上昇させられるような遺伝標識の開発が必要になる。

急性に血流を改善させるとなると、選択肢は多くない。この研究では、これまで脳興奮に応じて血流を上昇させるのに働いているのではと疑われていた酸化窒素(NO)をこの目的に使えないか考えた。

そして、NO合成酵素にカルシウム結合ドメインを統合して、カルシウムに反応してNOを合成する酵素NOSTICを開発した。

後は、この分子マーカーが

1)細胞内でカルシウムに反応してNOを合成すること。

2)NOSTIC発現細胞をマウス脳に移植すると、カルシウム流入に反応して局所の血流を上昇させること、

3)下垂体の神経刺激に連続して起こる神経興奮をMRIで感知できること。

4)こうして検出できた下垂体と神経結合を持つ脳領域は、Fosの発現や、カルシウムイメージングでも同じように確認でき、確かに神経結合を検出できていること。

などを示している。結論としては、計画通り神経興奮をNOを媒介にして検出できることがわかった。

勿論この技術をすぐに人間に応用することは、検査のために遺伝子導入が必要なので、不可能だろう。しかし、動物実験レベルでは、特定部分の刺激の効果の広がりを脳全体でモニターし、1次的、2次的な神経結合ネットワークを明らかにすることが出来る点で、利用されるのではと思う。

例えば現在行われている深部刺激がどこまで広い範囲に影響するのかをサルを用いて調べることなどは重要なテーマになる。いずれにせよ、遺伝子導入できる分子マーカーをfMRIで検出出来ることが示されたことは大きな進歩で、今後さらなる方法の開発に拍車がかかる気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月10日 自閉症を誘発する環境要因(2月25日 Neuron オンライン掲載論文)

2022年3月10日
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実験動物を用いた自閉症スペクトラム(ASD)研究の主流は、遺伝子変異を行動変異と結びつけることに絞られてしまう。このため、ASDに関わる遺伝背景、及びそれによる脳ネットワークの“違い”に焦点が当たる。しかし、ASD発症に様々な環境要因が関わることも間違いなく、例えば腸内細菌叢によりASD症状が変化することなどはその例と言える。

今日紹介するスイスバーゼルにあるミーシャー研究所からの論文は、この問題をShank3遺伝子が欠損したASDモデルマウスを用いて調べ、ASD行動の発生には、新しい経験についての記憶成立時の違いが大きく関わることを示した面白い研究で4月25日Neuronにオンライン掲載された。タイトルは「Absence of familiarity triggers hallmarks of autism in mouse model through aberrant tail-of-striatum and prelimbic cortex signaling(馴染みの環境が存在しないと線条体の尾部と前辺縁皮質シグナル異常を介して自閉症の典型症状がマウスで誘導される)」だ。

遺伝背景を調べる場合、行動の違いに注目すればいいのだが、環境要因を調べたい場合、まず遺伝的背景が異なっていても、行動は同じという状況を探す必要がある。

この研究では自閉症モデルとして使われているShank3 KO(SHK)マウスが、新しいコンテクスト(環境が変われば、物体でも、個体でも、臭いでも何でも言い)にさらされたときの行動は、正常マウスと全く変化がないことを発見する。ところが、1日ホームケージに戻した後、同じコンテクストにさらすと、今度は新しいコンテクストに全く反応しないことを発見する。

すなわち、ASDでは最初から新しいコンテクストに反応しないのではなく、一度経験した後で、その記憶が行動を規制していることを発見する。実際、最初に経験したコンテクストとは全く関係がないコンテクストに対しては、正常に反応する。

さらに、2回目に経験で反応が抑制されるとき、繰り返し行動などのASD独特の症状も発生することもわかった。

次にこの2回目の経験が行動を抑制するメカニズムを探ったところ、SHKマウスでは最初に新しい経験をした後で、前辺縁皮質から線条体尾部に至る投射経路がSHKのみで興奮し、ドーパミンが線条体尾部で分泌されることで、この経験の記憶を避ける行動が発生することを、様々な実験を組みあわせて証明している。

実際、ドーパミン阻害剤で、この行動変化は治るし、前辺縁皮質からの回路を遮断しても、同じように症状は改善する。逆に、正常マウスでも最初の経験の後前辺縁皮質の回路を興奮させると自閉症様の症状が発生する。

最後に、では新しいコンテクストとは何かを詳しく調べ、日常に経験しているものが共存していると、新しいコンテクストの刺激が弱まり、2回目に経験したときもそれを避ける行動が消失することを示している。

さらに、新しいコンテクストの中に、様々な物体や個体が存在して、感覚が集中しない場合も、2回目の経験に対する行動が正常化することを示している。

以上をまとめると、SHKでは、新しいコンテクストを経験したとき、前辺縁皮質から線条体への刺激が入る回路が形成されてしまっているため、次に同じ経験したときそれを避けようと行動することになる。すなわち、避けようとするネガティブな記憶が成立してしまう。しかし、この新しいコンテクストの中に、馴染みの個体や個体、マウスの場合床敷きの臭いでも存在すると、この回路の刺激が弱まり、ASD症状を改善できるという結果だ。

これが全て人間に当てはまるかはわからないが、新しい経験をするとき、何かいつも一緒に遊んでいる人形などの環境を持ち込んでやれば、ASD症状が改善することになる。是非発展して欲しい研究方向だと思う。

朝の短い時間では書き切れないこともあるので、この論文は自閉症の科学として、もう少し詳しく解説する。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月9日 母親の免疫系が胎児抗原を自己と認識する仕組み(3月2日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月9日
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母親から見たとき、胎児は父親の抗原を発現している異物と考えられるので、なぜ拒否反応が起こらないのかについて、古くから研究が行われてきた。確かめたわけではないが、私自身は細胞表面のMHCの違いさえ処理できれば、基本的には合成されるタンパク質は同じなので、拒絶は起こらないと考えてきた。事実、メージャーなクラスI、クラスII抗原はトロフォブラストには発現していないので、十分許容できる。とはいえ、もっと積極的な免疫寛容機構が無いと危ないのではと考える人も多く、研究が続いている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、わざわざ鶏の卵白アルブミン(OA)をトロフォブラストに発現させ、またOAに反応するT細胞抗原受容体を発現しているT細胞を用いる極めて人為的な系を用いて、OAがどのように母親の免疫系に受容されるのかを調べた研究で、3月2日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Establishment of fetomaternal tolerance through glycan-mediated B cell suppression(胎児母胎トレランスをグリカンを介するB細胞抑制により確立する)」だ。

あまりこの話題をフォローしてこなかったが、OVAを胎児側の細胞膜に発現させ、さらにアジュバントを注射しても、母親のキラー活性は誘導されないことがわかっていたようだ。

この研究では、この免疫寛容のメカニズムを探るため、膜型にしたOVAがトロフォブラストに発現するようにしたトランスジェニックマウスを用い、より母親に近いところで抗原が母親に入る仕組みを作っている。また、膜型OVAはゴルジERを通って様々な修飾を受ける。実際、トロフォブラストから排出されるOAは糖鎖修飾を受けていることが確認される。

さらにこの研究では、ClassIとOAに反応するTcRトランスジェニックT細胞(OT-1)とClass II・OA反応TcRを持つトランスジェニックT細胞(OT-II)を注入して、OAに対する反応を追跡できるようにした徹底的に人工的な系をくみ上げている。

結果だが、注入したOT-IIは母親へ進入してきたOAに反応して確かに増殖はするが、炎症性サイトカインを分泌するまで分化しない。一方、最初期待された抑制性T細胞関与の可能性はほぼ排除できた。面白いのは、膜型ではないOAに対しては、OT-IIは反応する。すなわち、膜型として修飾を受けたOAに対してのみOT-IIのトレランスが出来ている。

一方、キラー細胞を反映するOT-IはどちらのOAに対しても反応しない(このメカニズムはこの研究では追求されていない)。

では、なぜ修飾されたOAだけにトレランスが成立するのか?詳細を省いてまとめると次のようになる。

グリカン修飾を受け血中に流れ出たOAはまずB細胞と結合し、リンパ節に移行、そこでCD4T細胞に抗原提示を行う。このような抗原に対しては、樹状細胞が全く関与しないことも示している。すなわち、トロフォブラストからの抗原に対してはB細胞が抗原提示細胞の役割を演じている。この時B細胞の抗原受容体はOAにより刺激されるが、OA上のグリカンがB細胞上のシアリル酸受容体の一つCD22と結合することで、Lynによる抑制性シグナルを誘導して、B細胞トレランスが成立するため、活性化されない。

活性化を受けないB細胞がCD4T細胞へ抗原提示すると、CD4T細胞は様々な共シグナルを受けることが出来ず、最終的にトレランスになる。

以上が結論で、少し人為的過ぎるなという感じもするが、後は古典的な免疫トレランスに近い概念が示されているように感じた。しかし、CD8も含め、まだまだこの分野は奥が深そうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

京都大学野生動物センター・熊本サンクチュアリーの寄付活動に応援メッセージを寄せました。まだ募集中なので、是非皆様もご寄付お願いします。

2022年3月8日
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寄せた文章は以下のサイトでご覧になれます。

https://readyfor.jp/projects/ks_kyoto-u/announcements/206571

ここにも書いた文章をそのまま再掲しておきます。

21世紀の科学から熊本サンクチュアリーを思う

熊本大学・三浦恭子さんからのFBで京大野生動物研究センター・熊本サンクチュアリーで、動物の飼育条件を維持するための寄付を集められていることを知りました。幸い目標は達成され、多くの皆様の温かい言葉が寄せられて本当に良かったと胸をなで下ろしており、私や妻も寄付者の一人に加われたことは本当に光栄に思っています。しかし、半生を生命科学に関わった私から見た時、皆様の寄付は、サンクチュアリー維持にとどまらず、21世紀の新しい科学への投資の意味を持つと思って、寄付を機会に文章を寄せることにしました。

わたしが熊本サンクチュアリーのことを知ったのは、2016年10月で、熊本サンクチュアリーの平田先生、狩野先生が、ドイツライプチヒマックスプランク研究所のトマセロさん達と一緒にScienceに発表された論文を読んだ時です。

この論文は、Theory of Mind として知られている能力、わかりやすくいうと「他人は決して心のないゾンビではなく、自分と同じ心を持っている」と理解する能力を、チンパンジーやボノボが持っていることを証明した素晴らしい研究でした。日本の科学力が問題にされ始めた時でしたから、このような重要な貢献が我が国から生まれたことは本当に誇りに思いました。

日本でこのような話題は、あまり一般では議論されませんが、例えば米国では、人気哲学者(ジョン・サールやダニエル・デネットなど)の本を読むと、人間の心や脳を理解するために最も重要な能力として議論されています。さらに、自閉症の子供ではTheory of Mind 能力の発達が遅れることも知られており、臨床的にも重要な概念なのです。

かくいう私ですが、以前京都大学医学部、分子遺伝学の教授をしていましたが、脳研究に関しては全く素人です。ただ、公職を退いてから、21世紀の科学はどのように進んでいくのだろうと、分野を問わず論文や本を読みながら思いを馳せています。この作業については、私たちが運営するNPO、オール・アバウト・サイエンス・ジャパンのHPに逐一報告していますので(www.aasj.jp)是非ご覧ください。

そしてこの作業を通して、これまで科学があまり出る幕のなかった心の問題が、21世紀の大きなテーマとして、研究が始まっていることを実感しています。例えば、エモリー大学のドゥ・ヴァールさんが書かれた”The Bonobo and the Atheism”(ボノボと無神論)という本は、道徳という人間にとって最も重要な問題を、宗教ではなく、科学の立場から迫ろうとする意気込みが伝わってきます。わざわざ「無神論:Atheism」という単語がタイトルに使われているのも、この意気込みの表れだと思います。

もちろん21世紀の研究は行動観察だけにとどまりません。世界では、山中さんのiPS技術を使って全ての類人猿のiPSが作成され、脳の構築や機能を人間と比べることができるようになっています。そして、類人猿に止まらず、多くの哺乳類の遺伝情報は完全に解明されています。

ただ、このような試験管内での研究と比べると、これらの過程が統合された行動を調べるための研究施設の維持が最も大変です。その意味で、サンクチュアリーは、世界の「心」の研究を担うためには最も大事な施設の一つだと思っています。

今後も皆さんと一緒に、この施設を支援したいという気持ちで、この文章もサンクチュアリーのスタッフの皆様に捧げたいと思います。

カテゴリ:活動記録

3月8日 ACE阻害剤は血圧を下げるだけで無く幸せな気分にしてくれる(2月24日 Science オンライン掲載論文)

2022年3月8日
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アンギオテンシン変換酵素(ACE)は、アンギオテンシン(AT)Iを分解してATIIに変換し、血管の緊張性を上げ血圧を維持する機能を持っている。このATIIをさらに変換して、今度は血管をリラックスさせる作用を持つのがACE2で、今回のパンデミックでもっとポピュラーになった生体分子だろう。

このACEと血圧調節については、臨床でも揺るぐことのない事実で、今も多くの人が(私もだが)、ACE阻害剤や、ATIIが結合する受容体の阻害剤を高血圧治療として服用している。既に長期間のデータがあり、効果とともに安全性の高い薬剤と言えるのは、血圧のサーキット以外にACEが働いていないからだと思っていた。

ところが今日紹介するミネソタ大学からの論文は、なんとACE阻害剤が脳内麻薬として知られるエンケファリンを切断して、脳の報償系に作用しており、ACE阻害剤が報償回路に影響する可能性を示した驚くべき結果で、2月24日Scienceにオンライン掲載された。タイトルは「Angiotensin-converting enzyme gates brain circuit–specific plasticity via an endogenous opioid(アンギオテンシン変換酵素は脳内麻薬物質を介して脳の回路特異的可塑性の閾値を決める)」だ。

前脳に存在する側座核は基本的に抑制ニューロンからなるが、ドーパミン受容体を発現しており、ドーパミン報償回路の核となっていることが知られている。この研究では、ACEが側座核神経の中のドーパミン受容体1(D1R)を発現している神経に特異的に発現していることに着目し、この機能を調べる目的で、降圧剤として利用されているカプトプリルを脳スライスに転化すると、D1R発現細胞のみで、神経興奮が長期に抑制できることを観察した。すなわち、ACEが機能している。

この機能がATIからATIIへの変換ではないことを確認した上で、ACEが分解するペプチドを探索すると、脳内麻薬物質として知られるエンケファリンの一つ、MERFを切断する作用を持つことを発見する。さらに、D2Rを発現する側座核神経でこのMERFを強く発現していることも明らかにしている。

機能的実験から、カプトリルで処理するとMERFの切断が抑制されるため、細胞外のMERF濃度が上昇すること、ACEが抑制されるとMERFの刺激閾値が低下し、D1Rを発現する側座核神経の興奮が抑制されることが明らかになった。すなわち、ACE阻害は側座核での脳内麻薬物質を高め、D1R発現抑制ニューロンの興奮を抑えることが明らかになった。

最後に個体内でD1R発現細胞の興奮抑制効果を調べる目的でカプトリルの全身投与の脳機能への効果を調べると、

1)合成麻薬フェンタニルのうつ誘導作用効果が強く抑制される、

2)カプトリル自体は大きな行動変化を誘導することはない、

3)しかし社会性の上昇が見られ、μオピオイド報償回路の刺激が高まっている、

ことなどを明らかにしている。

以上、個体レベルでもACE阻害剤により、一見脳内麻薬が高まっている状態が生まれていることが示された。これを副作用というのか、うれしい効果というのかは人それぞれだろう。実際、うつ病の方がACE阻害剤を服用して、良くなったという報告はあるようだ。おそらく我々高齢者にとっては、良い効果の方が多いかもしれない。今はAT受容体阻害剤を服用しているので、次からACE阻害剤に変えてもいいなと思い出した。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月7日 脂肪組織を熱にさらすダイエット(3月17日号 Cell 掲載論文)

2022年3月7日
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完全に引退してしまっていると、論文を読むとき誰の仕事かあまり気にならないので、読んで面白いと思った後で著者の所属を見るようになってしまった。このような読み方をすると、どこの国から論文が出ているのか、不思議と当たることがある。

今日紹介する華東師範大学からの論文もそんな例で、読んでいる途中で中国からの論文だなというのがわかった。わかる理由は、研究の発想が変わっている点と、論文の書き方、そしてわかりにくい実験についての記述だ。論文のタイトルは「Local hyperthermia therapy induces browning of white fat and treats obesity(局所的高温治療により白色脂肪組織が褐色化し肥満が治る)」で、3月17日号のCellに掲載されている。

タイトルにあるように、白色脂肪細胞を部分的に熱にさらすと、白色脂肪組織が熱を発生する褐色脂肪組織に変わり、痩せられるという話だ。もともと、白色脂肪が低温にさらされると褐色化して熱を作るようになるという話は生理学的にも納得の話として広く受け入れられている。これに対して、この研究は逆張りを行って、熱を加えることで同じ効果が得られるかを考えている。

この発想はまさにユニークだが、中国伝統医学といえるお灸を考えると、ここで中国かなと思ってしまった。研究ではまず褐色脂肪細胞を41度で培養すると、発熱に関わる様々な遺伝子が誘導できる。

そこで生体でも同じことが起こるか調べるため、体内に注入でき、光を当てると発熱する分子を鼠蹊部に注入、それを41度に10分維持する実験を行い、本来発熱を起こさない白色脂肪組織が発熱することを確認する。人間の実験も行っている。おそらく皮膚の外から熱を鎖骨上部に20分照射すると、発熱が見られる。

最後に、慢性効果を調べるため、3日に一回、10分だけ41度に脂肪組織をさらす実験を行い、高脂肪食を食べても体重の増加を抑えることが出来、さらには血中グルコースも抑えられることを示している。

後はこの効果のメカニズムを調べ、

1)熱は予想通りheat shock factor、HSF1を誘導して、発熱や代謝を変化させる。

2)HSF1はメチル化RNAに結合するタンパク質Hnrnpa2b1を誘導する。

3)Hnrnpa2b1は、発熱に関わる分子のmRNAを安定化させることで、発熱を高める。

ことを明らかにしている。

以上が結果で、最後のメカニズムに至る研究は、新しい発見だと思う。

読んで誰もが考えるのが、ではサウナはどうかだが、このグループは否定的だ。というのも、身体全体のストレスを誘導することで、ノルアドレナリンなどが誘導され、痩せるのに役立たないと結論している。

では実際に何をすればいいのか。もう少しその点のアイデアを議論したらいいのだが、何の答えも提案していない。本当はこっそりやっているのかもしれないが。結局最初思いついたように、毎日お灸を据えるのが良さそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月6日 またまた細胞老化の体液説(3月2日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月6日
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若い血液に触れると若返ることができるという話は、昔から存在する。おそらくドラキュラ伝説でも同じことだろう。ただ、この可能性は科学的にも追求されている。このHPでも、若い個体と老化した個体の血管をつないで、循環を共有させるパラビオーシスが細胞老化や若返りに及ぼす影響についての研究(https://aasj.jp/news/watch/1549)、あるいは臍帯血注射により脳が若返る可能性を示した研究(https://aasj.jp/news/watch/6761)、を紹介した。

これらの論文を読むときいつも思い浮かべるのは、細胞病理学を提唱したウィルヒョウと体液説を提唱したロキタンスキーの有名な論争だ。この時は近代的な細胞病理学が勝利し、ロキタンスキーは多くの人の記憶から消えてしまったが、老化研究を通してまさに復活している感がある。

これら紹介した論文は全てカリフォルニアにある大学から発表されているが、今日紹介する論文もスタンフォード大学からで、パラビオーシスの影響をsingle cell RNAseqを用いて詳しく調べた研究で、3月2日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Molecular hallmarks of heterochronic parabiosis at single-cell resolution(年齢が異なる個体のパラビオーシスの影響の分子指標を単一細胞レベルで調べる)」だ。

研究は単純で、3ヶ月令マウス同士、18ヶ月令マウス同士、そして3ヶ月/18ヶ月令マウスでパラビオーシスを行い、なんと5ヶ月循環を共有させた後、各臓器を取り出し、single cell RNAseq(scRNAseq)を用いて単一細胞レベルの遺伝子発現を調べ、パラビオーシスによる効果を調べている。

繰り返すが、研究自体は特に目新しいものではない。しかし、パラビオーシスの効果をscRNAseqで調べることで、細胞レベルの影響と、転写レベルの影響を分けて調べることで、極めて包括的に環境と老化の関係を明らかにすることが出来る。その意味でこの研究は、これから行うべき実験の方向性を示し、データを集め始めた最初の論文と言っていいだろう。パラビーシスだけで無く、senolysis、抗酸化剤など、様々なアンチエージング手法が研究されているので、将来的にはこれらを同じプラットフォームで比較することで、より大きなデータベースが完成すると思う。おそらくこのグループも、同じことを狙っていると思う。

さて結果は当然極めて膨大で、一言でまとめるのは難しい。主なポイントだけまとめておく。

1)老化血液と触れることで、若い細胞に老化によるのと同じ変化がおこる。また、若い血液に触れることで、老化細胞で一定の若返り効果が、転写レベルで見られる。

2)パラビオーシスに最も強く反応するのが肝臓細胞だが、血管内皮、間葉系幹細胞、血液幹細胞、免疫細胞などは老化、若返りともに影響を強く受ける。

3)遺伝子レベルで見ると、一番目立つのはミトコンドリアの電子伝達系の変化で、細胞レベルの変化に共通してみられ、老化とミトコンドリアの関係の重要性が確認される。ただ、他にも注目すべき遺伝子変化が、パラビオーシスによる老化促進、あるいは若返り現象として特定できるので、今後の重要な課題になる。

4)コラーゲン遺伝子発現の低下は老化に特徴的で、この結果間質により支持される細胞の変化が誘導される。

個人的に気になったのは以上の結果だが、循環する分子に、老化や若返りに関わる因子は必ず存在することを示すという点からは、極めてインパクトが大きい仕事だと思う。

若い血の秘密が、科学的に明らかにされれば、私たち高齢者も恩恵にあずかることが出来るようになるかもしれないが、現在のところ現象だけで、手がかりはまだまだという印象だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月5日 新型コロナの様々な遺伝子リスクについての論文3編( Nature Genetics オンライン掲載論文)

2022年3月5日
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これだけ多くの人がCovid-19に感染すると、感染のしやすさ、重症化、様々な症状などについての遺伝子リスクを調べることで、最終的には病気のメカニズムを理解し、治療開発にまで結びつけることが出来る。このHPでもいくつか研究を紹介したが、最も驚いた論文は、Covid-19重症化や、感染抑制に関わるゲノムの一部がネアンデルタール人由来だったという、ドイツのペーボさん達からの論文だろう。このようなGWASと呼ばれるゲノム研究は、一回で終わるわけでは無く、多型と病気のメカニズムの理解に向けた目標に向かって常にアップデートされる。実際、対象となる人数が増えるにつれ、その精度は上昇していく。

昨日、Nature Geneticsのオンライン掲載論文に目を通していたら、なんとこのようなアップデート論文が3編も掲載されていたので、今日はまとめて紹介することにした。

まず最初のライプチヒ・マックスプランク進化人類学研究所からの論文は、ペーボさん達がコロナウイルス感染から我々を守る、ネアンデルタール人由来遺伝子として特定したrs10774671多型が、本当に感染防御に関わるのかを確かめるために行った、ゲノム研究だ。

以前の解析で見つかったrs10774671は、OAS1と呼ばれるポリアデニレース遺伝子とリンクしており、この分子の血中濃度が高いと、重症化率が低いことも確認されていた。しかし、ネアンデルタール人由来の遺伝子断片は75kbに及び、rs10774671が形質を決めていることを完全に証明するには至っていなかった。

そこでこの研究では、ネアンデルタール人の遺伝子が流入していないアフリカ人について調べ直し、rs10774671のG型変異がCovid-19感染リスクを減らす多型に間違いないことを明らかにしている。

次の論文は、ゲノム解析サービスの大手23&Meが、ゲノム解析が終わっている顧客に、ウェッブ上でアンケート調査を行い、Covid-19感染による味覚、嗅覚異常のリスク遺伝子を探索した研究だ。

この論文は、民間ゲノムサービスのパワーを感じさせる論文だが、100万人も顧客を抱えていると、ウェッブで聞くだけでなんと7万人近い感染者を特定でき、またそのうち68%が味覚嗅覚異常を訴えている。嗅覚異常の方が多いという状況でも、相関する多型を特定することが可能で、rs7688383多型と特定することに成功している。しかもこうして特定された多型がリンクしている遺伝子は臭い受容体に結合した脂溶物質を除去することに関わる、まさにドンピシャの分子UGT2Aだった。

結果は以上だが、この研究は、

1)感染ウイルス自体の作用で起こることが明瞭な嗅覚、味覚障害でも、起こりやすさというゲノムリスクが明確に存在する、

2)嗅覚受容体への持続的刺激が、ウイルスによる嗅覚障害を促進する新しい可能性があることを示し、嗅覚障害理解に重要な貢献をしたと思う。今後、神経後遺症などについても、詳しいゲノム解析を期待したい。

そして最後のリジェネロンからの論文は、これまで集まったゲノム解析を調べ直したまさにアップデートのためのメタアナリシスだ。リジェネロンは、最初の抗体薬を発売した会社だが、ゲノム解析も着々と進めている。

この研究の一つの目的は、これまでの研究を新しい目で見直し、感染や重症化リスクを算定するための指標を開発することで、最終的に相関が確認された多型を総合して多型を計算する方法を開発している。ただ、こうして得られるリスク変化は、重症化率で見て1.6倍(オッズ比)程度で、肥満や年齢などの臨床指標によるリスク上昇と比べると寄与率は低い。

もう一つの目的は、対象者の数の制限からこれまで特定できなかった多型を、多くの解析を集めることで新たに特定することで、この結果0.2%-2%の割合で存在する、発症を予防する多型rs190509934の特定に成功している。しかも、この多型は、ウイルス感染に必須のACE2の発現を決める多型で、これもドンピシャだ。

このように、感染のゲノム解析は、今後もアップデートされ、新しい可能性を開いてくれると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月4日 ゴナドトロピンがアルツハイマー病を促進する(3月2日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月4日
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アルツハイマー病は、世界的にも女性に多い病気で、おそらく発症数では男性の2倍以上ではないかと思う。この一つの原因として、閉経期に脳下垂体で合成されるゴナドトロピンの一つFSHの急上昇があるのではと疑われてきた。事実、閉経期に認知機能が一次的に低下することが知られている。

今日紹介するマウントサイナイ大学と深圳大学からの論文はこの考えを裏付け、FSHが直接神経細胞に働いて、アミロイドタンパク質や、Tauタンパク質を切断し沈殿させるメカニズムを促進することを示した研究で、新しいアルツハイマー病の治療開発の可能性を開くかもしれない。タイトルは「FSH blockade improves cognition in mice with Alzheimer’s disease(FSHを抑制することでマウスのアルツハイマー病を改善させることが出来る)」で、3月2日Natureにオンライン掲載された。

このグループは最初からFSHがアルツハイマー病(AD)を悪化させると決めて研究を行っている。そのため、血中FSHを中和する抗体を作成し、これを卵巣摘出で閉経期を再現したアミロイドβが沈殿しやすくしたマウスADモデルに投与している。

これまで知られているように、卵巣を摘出すると、FSHが上昇し、それとともに沈殿型アミロイドβやTauが脳内に検出される。ところが、FSH抗体を投与したマウスではアミロイドやTauの沈殿は見られない。

このメカニズムを探ると、FSHが神経細胞のFSD受容体を刺激して、アミロイドやTauを切断して沈殿させるδシクレターゼを誘導することが原因であることを特定している。実際、このペプチダーゼをノックアウトすると、ADの進行は抑えられる。

もちろんFSHは男性でも分泌されているので、オスのADモデルマウスに長期間FSHに対する抗体を投与し続けると、認知機能の低下が防がれ、アミロイドの集積は見られない。

後は様々なノックアウトマウスを用いて、FSH、 FSHR,、C/EBPβ、δsecretase、アミロイドβ、Tau沈殿という経路が実際に働いているかを確認しているが割愛していいだろう。ともかく、FSHは急性的にも慢性的にも、神経に直接働いて、アミロイドβやTauの沈殿を促進している。

これらの結果は全てマウスでの結果で、人間でも同じことが言えるのか、今後の研究が必要だが、FSHが少なくともADを悪化させるのだとすると、これを抑える治療はADの新しい治療法へと発展できるのではと期待できる。

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